投資家と大衆社会

2006-01-18 mercredi

ライブドアが証券取引法違反で強制捜査を受けた。
会計監査を担当した監査法人の監査調書の文中にあった取引の違法性を指摘した文言の削除を求めた事実も明らかになった。
株価は暴落。関連7社の株価総額は一日で8700億円減った。
ライブドア発行済み株式の25%を超える2億5930万株の売り注文がまだ積み残されているが、昨日一日で売買が成立したのが80万株だから、これらの株券はすでに紙くずである。
「ヒルズ族」の梟雄の栄華の夢もどうやらこれで終わったらしい。
堀江貴文というひとがメディアに出てきたときにどうしてこんな人物が注目されるのか理由がわからず、堀江と面識のある平川君に「どんな人なの?」と訊いたことがあった。
「金の話しかしない退屈な男だった」というのが平川君の評言だった。
しかし、世間はそうは思わなかったらしく、そのあとの活動の華々しさはご案内のとおりである。
なかなか話題性のある人物だし、自己演出も巧みであるから、メディアがもてはやすのは理解できるけれど、彼の事業に投資した投資家たちはいったい何を考えてそんな無謀なことをしたのかいささか不可解である。
だって、誰が聴いてもあれは「詐欺師の声」である(もうひとり、「誰が聴いても詐欺師の声」をしている投資グループの総帥がいますね)。
おそらく多くの投資家たちもそれはある程度わかっていたと思う。
とりあえず、「詐欺」が成功している間は「勝ち馬」に乗って儲けさせてもらい、司直の手が入る前のぎりぎりのタイミングでライブドア株を高値で売り抜ける計画だったかもしれない。
数日前に最高値でライブドア株を売り抜けたクレバーな投資家も何人かはいたはずである。
彼らの炯眼を称えたい。
でも、99%の株主は目の前で株券が紙くずに変わる「逆錬金術」のプロセスをこれから砂かぶりで眺める他ない。
株で儲けるというのはつまらないことだと先日兄上が語っていた。
株というのは「みんな」が欲しがると値が上がり、「みんな」が要らないと言い出すと値が下がる。
儲けるためには、「まだ」みんなが欲しがらないうちに買い入れ、「まだ」みんながほしがっているうちに売る。
ただ、それだけのものである。
「みんな」と歩調を合わせないといけないようなことなら、私はやりたくない。
兄上の意見に私も同感である。
株取引という経済行為はそのほとんどの時間を「みんなの欲望」と同期することでしか大きな利益を得ることができない。
値上がりする「直前」に買い、値崩れする「直前」に売るのがもっとも効果的な資金運用である。
言い換えれば、同期しない時間差(「まだ」である時間)ができるだけゼロに近い投資家がもっとも賢い投資家だということになる。
愚鈍な投資家とは、値上がりした株を見てあわてて買いに走り、値崩れしたのを見てあわてて売りに出るような投資家のことである。この愚鈍な投資家の数が多ければ多いほど株価は大きく動き、賢い投資家の儲けも大きい。
つまり、賢い投資家は、愚鈍な投資家と「できるかぎり近接した時間差を保って、できる限り似たふるまいをする」ことによってしか利益を得ることができない。
「バカのふり」をしないと儲からないというのが投資家の切ないところである。
だが、「みんな」と足並みを揃えておいて、素知らぬ顔で一歩だけ「出し抜く」ものが巨利を得るというこの投資のスタイルは、構造的には大衆社会にジャストフィットのものである。
大衆社会の大衆の夢は、99%「みんなといっしょ」で、ワンポイント1%の「個性の差」だけで際だつことができるというあり方だからである。
大衆社会化が進行するほど株式市場は繁昌する。
これはバブル経済のときに身に沁みて経験したことである。
私は日本の株価がこれからも上昇するであろうという経済学者の説には十分な根拠があると思う。
でも、それは日本の経済活動が今後とも堅調に推移するだろうと予測しているからではなく、日本人がこれからどんどんバカになるという見通しに同意するからである。
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