孤剣を撫す

2005-08-14 dimanche

朝から晩まで「街場のアメリカ論」を書き続けている。
演習のテープ起こしにブログの関連記事をコピペしたドラフトがワードのデータで届いていて、それをこりこり直しているのである。
演習で院生聴講生諸君を相手に「ここだけの話」で飛ばしているネタの多くは口からでまかせであるので、そのままでは使えない。
資料にあたって裏を取り、引用の文言を確かめ、理路の混乱をただし・・・ということをしていると、手間は「書き下ろし」とあまり変わらない。
なまじオリジナルのラインがあるだけ、それに制約されて思考の逸脱ができない。
私の場合は、ほとんど逸脱だけで書いているので、逸脱できないとあまり書くことがない。
ようやく80%ほど終わったけれど、もう目はしょぼしょぼ肩はばりばりである。
適当に書き飛ばして「はいよ」と渡せばよろしいのであろうが、あまりいい加減な仕事をしたくない。
私は意外なことに「手抜き仕事」というのができない人間なのである。
私の「まじめな仕事」がほぼ通常の方の「手抜き仕事」レベルであるので、私が手を抜くと私自身にも判読に耐えないものになってしまうからである。
私は自分の書き物の品質評価に対してはかなり寛大な人間であるが、それもいちおう「判読可能」でなければ品質を論じる次元に達しない。
とういわけで、裏をとるべく、あれこれのアメリカ論を取り出して飛ばし読みをする。
アメリカ論をやることになったときに目につく限りのアメリカ論を買い込んで積んでおいたので数だけは揃っている。
積んでおいただけでろくに目を通していないはずだが、本を開いてみると、どの本もあちこちに赤線が引いてある。
私はいつかは知らねど夢遊状態で参考書をこつこつと読破していたらしい。
おいおい睡眠学習か・・・と笑っているわけには行かない。
読んだのに忘れているのでは何のために読んだかわからない。
忘れているだけならまだよいが、読んだのに読んだことを忘れているということは、自分のオリジナルな意見のつもりでどなたかの知見をまるっとパクっている可能性がある。
これは物書き商売の知られざるピットフォールである。
強記博覧の読書家が、彼のオリジナルな理論にもっとも近い先賢の書名だけを失念しているということはよくあることである。
私の場合には、自分の前に書いたものをパクってしまうということがままある。
これはなにしろ自分で書いたものなので、私の意見にたいへん近い。だから読んだことを忘れてしまうのも怪しむに足りない。
ある主題で、ふと思いついたことをぐいぐいと書いていると、数ヶ月前に書いた自分の本のなかにまったく同一の文章を発見して愕然とする、ということがよくある。
中島らもに「同一原稿二度出稿事件」というネタがあり、読んだときにはげらげら笑っていたのであるが、こうなるとひとごとではない。
アメリカ論は実際に演習で一回しゃべっていることなので、既視感があるのは当然だが、実は演習の前やらその後に使い回したネタである場合も考えられる。
最近では、つい一日二日前に仕込んだつもりのネタを「ねえねえ知ってる?」と勢い込んでひとに話しても相手があまり感激してくれない場合には「あの・・・これもう話したっけ?」と訊くことにしている。
たいてい相手は悲しそうな顔をしてうなずく。
困ったものである。
という話もどこかでしたような気がするが、ブログで前に書いた話かもしれない。
朝から夕方までばりばり書き続けて、午後3時から6時まで居合の稽古会。
ドクター佐藤はじめ合気道会の有志諸君と刀の操法について研究する会である。
とりあえず全剣連の制定型を稽古して、今日で三回目。
本身の刀は三年ほど触っていなかったので、ひさしぶりに取りだしたときはどきどきした。
呉服山利則という銘のある江戸時代のものであるが、稽古ではずいぶん手を切った。
一番深い傷は「抜き打ち」という古流の型をしているときに鞘に切っ先が絡んで鞘引きのタイミングがずれて左手の親指と人差し指の間の「みずかき」部分をばっさり斬ったことがある。
すぐに外科医に行って9針縫ってもらった。
包丁で手を切って9針も縫ったら、痛みで寝られないものだが、この刀傷は手術直後には痛みが消え、翌朝にはもう肉がくっついていた。
刀傷は傷口がきれいなので回復が早いのである。
いまは手を怪我すると仕事に障るので、気をつけて刀を扱うようにしている。
刀はこちらがていねいに扱うとちゃんと応えてくれる。
その点ではほかのどんな道具よりもレスポンスがよい。
刀を撫して飽きないというのは、たぶんある種のコミュニケーションがそこに成立するからであろう。
みんなは模擬刀を使っているけれど、たいせつにするように各自愛刀に名前をつけることを命じる。
「どういうふうにつけるんですか?」と訊かれたので、幼名を当てることがあるらしいということをお教えする。
「〈膝丸〉を〈蜘蛛切丸〉に改名する話があったでしょ、『土蜘蛛』に」
「ミッフィー」とか「まるこ」とかいうのはダメだよ。
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