安倍晋三に5000点

2005-05-17 mardi

なぜかゼミでアジアの話が続いている。
基礎ゼミで「在日中国人の帰化」について、最近日本に帰化したばかりの在日三世のKさんが発表してくれた。
そのあと、専攻ゼミでは「韓国の離婚事情」と「日本のアジア外交」について、大学院では「中国とアメリカの世界戦略」についての発表があった。
大学院は中国論だから当たり前だが、学部のゼミ生は別に私が論点を誘導したわけではない(だいたい学生たちは私が他の学年で開講しているゼミのシラバスなんか読まない)。
それなのに、ゼミ生たちはちゃんと私にとって喫緊の関心のエリア内の論件をピンポイントで選んでくる。
NEET問題、少子化問題、母子問題…というふうにゼミ生たちが選んでくる主題はつねに彼女たちの直観的なアンテナがとらえた社会の構造的変化にかかわっている。
その彼女たち(世界史や国際関係論についての基礎知識が「あっと驚く」くらいに欠如している彼女たち)が中国韓国と日本の「外交」関係を論じ、その結論がつねに「日中韓の友好的パートナーシップの確立によるアジア秩序の再編」に落ち着く、というところに私は「時代の流れ」を感じる。
こういうのはやはり「地殻変動の予兆」と考えてよろしいであろう。
諸君にその覚悟があるなら、私も語らせていただくよ。
中国問題については最近うるさいウチダである。
アジア秩序再編の「キュー」は北朝鮮の「クラッシュ」である。
これは間違いない。
遅くとも10年以内、早ければ2,3年以内に北朝鮮の統治体制は何らかの劇的変動を経験する。
私はそう予測する。
中国あるいはロシアはすでに金正日およびその眷属たちの身の安全と財産の確保を確約した「亡命プラン」のシミュレーションをしているはずである(私が中国外務省の小役人であれば、頭のよさそうな部下に「上司から急に諮問されて答えられないとやだから、ま、とりあえずシミュレーションだけはしといてね」と業務命令することを決して忘れないであろう)。
どういう原因によるかは予測できないけれど、とにかく指導部が一夜にして忽然と消えるというような信じられないかたちで北朝鮮はクラッシュする。
そのうち。
この地政学的空白状態は隣国である韓国、中国、ロシアそして日本にとって放置することのできないものである。
予測される最悪の事態(内乱や暴動や軍の暴走や飢餓や大量の難民の発生)をコントロールするためには隣国が共同的なガバナンスを立ち上げることが必須である。
とりあえず諸国間のあれこれの問題は暫時「棚上げ」してでも、最優先の課題である「南北朝鮮統一のソフトランディング」のために、すべての隣国は外交実務レベルで緊密な協力関係を立ち上げる。
それぞれの国益がそれを要請するからである。
しかし、統一南北朝鮮の社会的インフラの整備と規格化には、おそらく5年ないし10年の時間がかかるであろう。
その間、中国(C)と日本(J)と統一朝鮮(K)は緊密なパートナーシップを維持し続けなければならない。
この「緊急避難的 co-governance」にかかわった各国数千人、数万人のプラグマティックなセンスをもつ実務者間の「クールでリアルな」信頼のネットワークが次世代の China-Japan-Korea「ブロック」(ラリー・トーブさんが Confucio と名づけたやがて来る「アジア・ブロック」)の基盤となる。
私はそのように予測している。
問題はロシアとアメリカがこのコ・ガバナンスにどうコミットしてくるか、である。
アメリカの伝統的なアングロサクソン的アジア戦略の基本は「分断統治」である。
これは150年前のイギリス帝国時代から変っていない。
アジア諸国が相互に不信感を抱いて対立しており、かつ戦争という破局にまでは至らないという「恒常的な潜在的敵対状態」がアメリカにとっては自国の極東における政治的・軍事的プレザンスを最大化するためのベストの地政学的付置である。
中国と日本と統一朝鮮が安全保障まで視野に含めた友好関係になるといちばん困るのはアメリカだからである。
だって、そうなったら、もう「アメリカは極東に要らない」からである。
アメリカはもうエイジアン・イシューについての「キーパーソン」ではなくなる。
当然アメリカ国務省の官僚たちはこの程度のシミュレーションはとっくにしているはずである(私が国務省の小役人なら…以下同文)
その「小役人」は、どうやって朝鮮半島のカタストロフを回避しつつ、なお「アジア・ブロック」の成立を阻止する方法を探るであろう。
答えは簡単。
「日本をダミーにして、コ・ガバナンスを実質的にコントロールし、コ・ガバナンスが〈ブロック〉化することをなんとか阻止する」である。
というのは、CJKが友好的なブロックを形成したら、まっさきにCがJKに要請するのは「在留米軍基地の撤収」に決まっているからである。
JKが口を揃えて、アメリカに向かって「どうも長々お世話になりました。あとはうちらでなんとかしますから、もう出ていってくださって結構です」と言うというのはアメリカ国務省が想像しうる最悪のシナリオである。
その瞬間に1854年のペリー来航以来のアメリカのアジア戦略が水泡に帰すからである。
そうなっては太平洋戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争で非業の死を遂げたアメリカの若者たちにどう申し開きができようか。
北朝鮮にはできたら「クラッシュせずに、ずっとこの不安定な政情のまま」でいてほしい。
それがアメリカの「本音」である。
私が国務省の小役人なら、毎日神にそう祈るであろう。
万一北朝鮮がクラッシュしてしまったら、次は日本政府が対応に手間取ってのたのたしてさっぱり実効的な半島への援助ができずにいるうちに、中国韓国から「日本はああだからもうあてにするのはやめようぜ」と言われて「はみご」になり、「ブロック」構想ははかなく潰える…というのがセカンド・ベストである。
だから、「ポスト小泉」には、朝鮮半島の危機に対してもまったく非協力的な態度を貫くに違いないアジア外交に対するセンスのない政治家が最も望ましい。
というわけで、私がアメリカ国務省の小役人なら、「安倍晋三」に有り金を賭ける。
さいわい『文春』を読むと、日本の「各界の著名人」たちはこぞって安倍晋三を「次の総理に」と期待しているようなので、アメリカの極東におけるプレザンスは朝鮮半島がどうなっても、とりあえずは安泰なのである。
私が国務省の小役人ならそうレポートをまとめるであろう(上司もきっとにっこり笑って、勤務考課では高いポイントを頂けるに違いない)。
しかし、たいていの場合地政学的な地殻変動は「小役人」のレポート通りにはゆかないものである。
私はむしろ女学院の学生たちが特段の国際関係論的知識もないままに「ブロックの成立によるアジア秩序の再編成」の流れを「直感」していることの方を重く見る。
時代の「見えない地下水流」を感知するのは、いつでも若者たちだからである。
あ、それから「クラッシュ」以後のロシアの出方は「予測不能」である。
となると、来年の大学院は「ロシア論」か・・・
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