ニッポンの小説は再生できるか

2005-03-25 vendredi

最終ステージは朝カルで、高橋源一郎さんと文学をめぐる対談。
会場にたどりついたときは、すでにへろへろの半死状態。
高橋さんにすがりついて「タカハシさん、2時間全部しゃべってください。ぼく、『はあ』とか『へえ』とか相づちだけ打ってますから」とお願いする。
高橋さんは、育児と競馬にTV出演と15本の連載で忙殺されている上、四月から明治学院大学の専任になって週5コマ担当することになる。
その超人的エネルギーがあの細いからだのどこから湧出するのか、私には理解も及ばない。
その高橋さん、にっこり笑って「いいよ、ちょうどいま来るタクシーの中で思いついたネタがあるから、ウチダさんは休んでて」とお答えくださった。
タカハシさんて、ほんとにいい人!
「楽屋」に高橋さんのお嬢さんの橋本麻里さんと、茂木健一郎さんが遊びに来る。
橋本さんとお会いするのは3回目(前回は鈴木晶先生のおうちの BBQ パーティ)。
たいへん美しく聡明な方であり、鈴を転がすような声で父の文学的創造の構造を解明する。
なんか、うらやましい。
うちのるんちゃんが私の書いた本についてコメントしてくれたのは、「お父さんの本、本屋にあったよ!」という一回だけだった。
茂木さんとは「めでたい初トラックバック」でネット上ではご挨拶をかわしたが、お会いするのははじめてである。
茂木さんも高橋さんも私も『文學界』に連載評論を書いている。
「締め切り今日ですよ」
と私がちょっといばってみせる(私はちゃんと「死のロード」に出発する前に送稿してきた)。
茂木さんも高橋さんもまだ書き上げていない。
茂木さんは「明日までに書きますよ」、高橋さんは「30日までに書きますよ」と笑っていた(30日って、締め切りの6日先じゃないですか!)。
時間になって対談の始まり。
会場には通常の聴衆の他に、池上先生がお連れになった70名の三軸関係者が加わって超満員。
「秘書です」と偽って、申し込み忘れのフジイくんをむりやり押し込む。
楽屋での打ち合わせ通り、高橋さんが四月号の「ニッポンの小説」に書かれた『セカチュー』と『風立ちぬ』と『電車男』と『友情』の話をマクラに、近代小説の「定型」がどのようにしていま破綻と再生の瀬戸際に立っているか、というたいへんスリリングなお話を始める。
最初は高橋さんにマイクを預けてぺたりと伏せっていた私も、あまりの話の面白さについつい目が覚めて、「そういえば、こんな話が…」と「デインジャーとリスク」の話、「他者性には、時間的に表象されるものと空間的に表象されるものの二種類がある」という話になる。
そして、「日本文学の謎」橋本治についてどうして批評家は論じることができないのかという大ネタでぐっと盛り上がり、「オレ様化する作家たち」「作品の価格設定権を手放さない作り手たち」「明治の速度」…とテンポ良く話は進み、文学にかぎらず日本の知的状況状は sauve qui peut「逃れうるものは逃れよ」という前線崩壊状態になっているということを確認した上で、「前線から敗走してきた敗残兵たちが踏みとどまって集合する地点・難破船の乗組員たちが浮遊物を集めて組む筏」のような「次の時代の秩序」の起点がおそらくは2005年にその姿を現すであろうという希望にみちた予言で対談を終える。
実によい話であった。
(高橋さんは「ソーヴ・キ・プ」という語感がたいへんお気に召したらしく「ソウブキップ」というのは競走馬の名前にぴったりだとおっしゃっていた。「総武切符」と覚えると中山競馬場に行く人はすぐに覚えてくれるし)
録音してどこかの雑誌に掲載すればよかったのだが、誰も企画してくれなかったのである。
先週は橋本治さんと、今週は高橋源一郎さんと、それぞれかなり集中的に文学について語る機会に恵まれたことになる。
このおふたりは考えてみると、文壇的にはほとんど対極的なポジションに位置する作家であるけれど、いかなる定型にもとらわれない「文学する自由」を全身で愉悦する態度と「文学の現実変成の力」への信頼において深いところで共通しているように私には思われた。
近代100年の歴史を終えつつある「ニッポンの小説」の再生を担うのは間違いなくこのお二人ともう一人村上春樹さんであろう。
対談の後、高橋さん、橋本さん、茂木さんの「楽屋組」、釈先生、藤本さん、ウッキーの「前日からずっと一緒組」と、秘書のフジイくん、大学院聴講生の後藤愛さん、毎日新聞の中野さんらとぞろぞろと池上先生主催の「アシュラム・ノヴァ25周年記念パーティ」にでかける。
打ち上げプチ宴会のつもりだったら、グラン宴会であった。
「あ、そうだったんですか…聞いてませんでした」
「言ってませんでした」
という不得要領な会話が三宅先生との間でかわされ、乾杯のビールが入って、ご飯をぱくぱく食べ始めて、三軸のみなさんにご挨拶をして、最上さんが「ややややや」と現れたあたりで「いつもの宴会」になる。
高橋さんたちは途中で帰られたが、残る一同はそのまま二次会に突入。
1時過ぎまで最上さんの「恋の話」と「X イブドアの資金源は XX 組とユダヤと・・」という類のディープで濃おおい「極道系情報」に耳をダンボにして聴き入る。
三宅先生がご用意下さったホテルに投宿、爆睡。
翌朝、ホテルの並びにあるアシュラムで池上先生に全身をほぐしていただき、「死のロード」の疲れをすべてぬぐい去っていただき、生まれ変わったような軽やかな気分で芦屋に戻る。
池上先生、ほんとうにありがとうございました。
ただメシただ酒を存分に頂きました一同になりかわりまして御礼申し上げます。
死のロードが終わったと思ったら、明日からは「合気道合宿」。
頭を絞るほど使ったダイハードな二日間のあとは、脳への負荷がゼロになる愉悦の三日間。
よいバランスである。
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