学祭演武会二日目は東大気錬会から内古閑伸ちゃんと常田Pちゃん、芦屋系男子部からはドクター佐藤とIT秘書がんちゃんが参加。OGたちもかなぴょん、くー、おいちゃん、えぐっち、せとっち、シオちゃん、大西さん、久保ちゃん…と各代から多数の参加者が来てくれて、演武番組が22もある大演武会となった。
HPで告知した甲斐あって、本田秀伸さん、街レヴィ派の小林さん、芦屋系の大迫力くん右田くんも遊びに来てくれた。
殊勝な主将ナオタロウの指揮よろしきを得て、在学生大活躍で、設営撤収もたいへんすばやく片づいた。
みなさん、どうもありがとう。
さっそく河岸を移してわが家で打ち上げ。
翌日が下川正謡会の秋季練習会なので、夜更かしはできない。10時散会をあらかじめ告知してあるので、スタートは早い。
ウチダは「待たされる」ことと「列を作る」ことが死ぬほど嫌いなので、うちで宴会をやる場合のルールは「私がいれば開宴」である(自宅以外の宴会でも、しばしば定時より前に、「私が到着したので、じゃ始めましょうか」と宣言することがある。意外なことに、この提案に反対される方はほとんどおられない。とくに到着しているのが私ひとりの場合には)。
したがって、私が家にたどりつくと同時に到着していないと「開会の乾杯」には間に合わない。
つきあいの長い諸君はそのへんの消息は熟知しておられるので、必死に交通手段を確保して私と同時到着をめざすことになる。
通常、いちばん高いシャンペンを抜いて最初の乾杯するので、このタイミングに合ったものだけがこの恩恵に浴することができる。
今回はPちゃん、ドクター、がんちゃん、ウッキー、I田先生がグッドタイミングで結集された。
以後、どどどど20数名が乱入。
一人新顔が来るたびに「おつかれさま」の乾杯をする。理論的にはいちばんあとに到着したものがいちばん多くの人々から祝福を受けることになるので、これはこれで合理的なルールなのである。
「一品持ち寄り」宴会なので、ものすごい量の食材が並ぶ。
昨日の持ち寄り品では「さといもコロッケ」(@前川さっちゃん)と「さといも明石焼き」(@えぐっち)のさといもシリーズ、一年生合作の「合気道オムライス」がたいへん好評であった。
私はいつもの「激辛颱風カレー」を提供。
これはかなぴょん、くー、おいちゃんの好物で、一瞬のうちになくなる。
シャンペン5本、釈先生からのいただきもの特吟を含む「呉春」二本などがまたたくうちに空になる。
5時間があっというまにすぎ、10時に「撤収!」の合図が出たが、あまりに大量の洗い物とゴミが出たためと、翌日の仕舞「玄象」の道順を忘れたI田先生のために型付集を取り出しての稽古などがなされたために、全員撤収したのは11時。
みんなが帰ったあとは台所がぴかぴかになっていた。
本日は下川正謡会の秋季練習会。
今回はドクター佐藤を見学に強引におつれする(こうやって既成事実を積み重ねて、しだいしだいに足抜けできない状態にしようという計画である)。
私は素謡『安達原』と仕舞『巻絹』のほか、『正尊』、『船弁慶』、『松風』、『砧』、『紅葉狩』、『櫻川』、『頼政』などの地謡がついて、70%くらいは舞台上。さすがに足がしびれた。
しかし、下川先生の横で地謡をさせていただくと、先生の声にこちらの身体がびりびりと共振して、わくわくする。
番組の最後が私がシテの『安達原』で、終わったところで『高砂』の付祝言「千秋楽は民を撫で、万歳楽には命を延ぶ。相生の松風颯々の声ぞ楽しむ颯々の声ぞ楽しむ」で締め。これもまたたいへんに気分のよろしいものである。
というわけでこれをもって殺人的多忙の10月も無事に終了。
生きて霜月が迎えられることになった。ありがたや。
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(2004-10-31 23:20)