「お師匠さま」と「お師匠さん」

2004-06-28 lundi

合気道部・杖道会の合同新歓コンパ。
前期末の「連続宴会シリーズ」の第一弾(このあと、大学院ゼミ、3年生ゼミ、4年生ゼミと7月11日まで宴会が続く)。
引っ越ししてすぐあとの合気道の宴会のときは28人集まって、真夜中近くに全員で「クックロビン音頭」を踊ったりしたので階下の住人から猛然たる抗議があった。
「いったい、何人集まればあんな音がするのか!」と修辞的な問いをしてこられたので、「28人」と正直に答えたら、先方も絶句されていた。
ふつうの民家に28人が上がりこんで宴会をするということはあまりない。
これまでウチダ家で行われた宴会の参加人数最多記録は山手山荘で記録した32名である。
今回はなんとそれを5人上回る37人という大宴会となった。
3LDKのマンションによく入ったものである。
騒音を自制すべく、全員に「移動に際してはすり足」を厳命し、「踊り」も禁止(そういえば業平町のときは「ディスコ・ステップ大会」というのもやったな・・・)。
今回の一品持ち寄りお料理テーマは「元気の出る料理」(私はいつもの「水餃子」)。
今年の新入部員は合気道部が8名、杖道会が1名。
ふだんのロッジの稽古でさえ36畳の道場に20名を超えることがあって、もうたいへんである。
芦屋の道場の参加者も着実に増えているし、合気道の方はたいへん結構なのであるが、杖道を始める人が少ないのが残念。
剣と杖の使い方をきちんと習っておくと、体術は飛躍的にうまくなるのだけれどね。

日曜はさすがに疲れて半日死に寝。
夕方起き出して、『ミーツ』最終回の原稿を送稿。これで『続・街場の現代思想』は終了。
毎日新聞の1ヶ月連載エッセイも終わったので、ひさしぶりに「連載締め切り」というものと無縁になる。やれやれ。ありがたや。
ついでに『東京ファイティング・キッズ』の「あとがき」を「まえがき」をさくさくと書く。

原稿を書いているうちに空腹となり、冷蔵庫をあけると、みんなが放置していった食材がいろいろあるので、それをどんどん食べる。

『街場の現代思想』の見本版が届いたので、ぱらぱらと読む。
なかなか洒落た装幀である。
本になったのを読むとまたゲラのときとは違う感じで、面白い。
ところが、あっと驚く誤植を発見して、顔面蒼白となる。
183頁
「『強く念じたことは必ず実現する』という合気道のお師匠さんの多田宏先生のお言葉を励みとして・・・」
というところである。
これは再校までは「『強く念じたことは必ず実現する』という多田先生のお言葉を励みとして・・・」となっていた。
それで校了したあと、編集のミシマくんから電話があって、「ここで急に『多田先生』という固有名詞が出てくるので、読者のために少し説明を入れていただけませんか」と言ってきた。
なるほどそうかもしれないと思い、「では、『合気道のお師匠さまの』と入れておいてください」と電話口で返事をしたのである。
それを彼は「合気道のお師匠さんの」と聞き違えて、そう印刷してしまったのである。
えらいことである。
「お師匠さま」と「お師匠さん」はまるでニュアンスが違う。
「ご主人さま」と「ご主人さん」、「旦那さま」と「旦那さん」、「お殿さま」と「お殿さん」は意味が違う。
「さま」は敬語だが、「さん」はしばしば貶下的・嘲弄的なニュアンスをともなっている。
「ご主人さま」という敬語は主従関係の中で用いられ、「ご主人さん」というのは、その主従関係と無縁な第三者が口にするものである。
「ご主人さま、お呼びでしょうか?」と言うのは使用人であり、「おたくのご主人さん、しわい人やね」というふうに言えるのは無縁の人である。
多田先生は私の師匠である。
「多田先生って、ウチダくんのお師匠さんなの?」
「はい、私のお師匠さまです」
というふうに直接師弟関係にあるかないかの立場の違いがこの「ん」と「ま」のあいだには記号的に表象されているのである。
そうであれば、私が多田先生を第三者のように、「お師匠さん」と呼ぶはずがないではないか。
師に対して、このような呼称を使う人間であると思われたら、私の武道家としての見識が疑われてしまう(私のそのほかの人格的諸要素については「見識を疑われる」ことはすこしも気にならないが、これだけは困る)。
顔面蒼白となったあと、「こ、これは印刷やり直しせねば!」と立ち上がったが、頭を冷やしてかんがえると、いくらニュアンスの差を私が力説しても、出版社サイドは「ん」と「ま」の違いなんてどうだっていいじゃですか、重版のときに直しとけばいいでしょ?と相手にしてくれまい。
7月1日配本だから、本はもうとっくに刷り上がっている。
いまさら「ん」じゃダメ、全部廃棄しろというのもずいぶんと環境破壊的なふるまいだし、電話口で「じゃあ、あとは任せました」と言って、最終的な文字稿のチェックをしなかった私自身の責任はいずれにせよまぬかれられない。
というわけですので、この場を借りて、全国の『街場の現代思想』ご購入予定のみなさまに「正誤表」をアナウンスさせていただきます。

183頁10行目、「お師匠さん」は「お師匠さま」にご訂正ください。

ぜったいに訂正してくださいね!

それから、だいぶ旧聞に属しますけれど、このホームページのカウンターで100万人目と100万1人目に当たったお二人の方。ご連絡を頂いたときに、「次の本が出たら、サイン本をお送りします」とご返事を差し上げたと思います。お送りしますので、お手数ですけれど、メールでもう一度送付先のご住所をお知らせ願えますか?
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