7月20日

2002-07-20 samedi

昨日も会議の一日。
教授会の最後に、松澤新院長が登場して、本学の危機的状況について長いお話をした。
私学の危機はメディアで報じられている以上に深刻である。
本学の場合は財政的な問題がそれにからんでくる。
財政的な問題の解決法は論理的には簡単である。
「支出を減らし、収入を増やす」ということに尽きる。
18歳人口の激減を受けて受験生マーケットは急速にシュリンクしている。だから、受験料収入や定員増や学費値上げによって「収入を増やす」ということは逆立ちしても不可能である。
ならば「支出を減らす」しかない。
しかし学生サービスのための支出を減らすことはできない。(学生サービスが低下したら、受験生はもっと減る)
施設、メディア環境、福利厚生などは一層の充実が求められる。
となると削るところは一つしかない。
人件費である。(本学の人件費比率は他の私学に比べて異常に高い。どれくらい高いか書きたいが、たぶん誰も信じないだろう)
人件費を減らす方法は二つしかない。
人間を減らすか、人間はそのままに賃金を減らすか、どちらかである。
私はリストラには原則反対である。
短期的には実効があるだろうが、長い眼で見たときには「社会的に不要とされた人間」を構造的に生み出すことは社会政策としてたいへんに危険なことである。
「不要とされた人々」の発信する「ネガティヴなオーラ」が社会をどれくらい暗くするか。こういうものは実測できないけれど、ボディブローのようにじわじわと社会を腐らせてゆく。
だから私は「賃金カット」を支持する。
全員一律25%もカットすれば、本学の財政難は5年くらいで解決できるだろう。
なに、生活を25%切り下げればよいだけのことだ。
賃金カットで困るのは右肩上がりの定収入をあてにして生活設計してきた人間だけである。
バブルのあとも日本経済が右肩上がりで「ずっと」推移するだろうと思って生活設計を立てていたとしたら、そいつはよほどのバカである。
これからもずっと収入は増え続けるだろうという無根拠な思い込みに基づいて家を買ったり、子供を医学部にやったりした人間が、賃金カットされたらローンや学費が払えないといって泣き言を言い出しても、それは自分の愚かな楽観主義のせいであって、誰の責任でもない。
私は自分がこの先ずっと定収入があるだろうと思ったことなど一度もない。
勤め先が潰れるかもしれないし、いきなりクビになるかもしれないし、ふいに漂泊の旅に出たくなるかもしれない。
どうなっても困らないようにするためには、「一寸先は闇」という自戒を貫徹することである。
だから、私は借金をしない。
返す「あて」がないからだ。
毎月収入の範囲で暮らしており、残った分は貯金する。
収入が減ったら減ったで、生活水準を落として、その範囲内で暮らすだけのことだ。
ウチダ家の財政は単純にして健全である。
25%カットされたら、家賃12万円くらいのところに引っ越す。ジャガーを買うのを先に延ばしてもうしばらくWRXに乗る。アルマーニを我慢してカルヴァン・クラインを着る。
それくらいのことで十分対応できる。
どうして、こういう「単純」な経済生活を世の人々はなされないのであろうか、ウチダにはよく分からない。
松澤院長には、ぜひ大胆なる賃金カット計画をご進言したいと思う。

よろよろと帰途につき、11時間爆睡したら、ようやく少し真人間らしくなってきた。
この一週間ほどのあいだに短い原稿の依頼が次々と舞い込む。

「ジェンダーフリー論」の他に「私の好きな詩歌」、「読書の薦め」、「家族論」、そして甲野善紀先生の『武術の新・人間学』の文庫版あとがき。

「来る仕事は拒まず」という原則で受けてしっているが、どんどん片づけないと、次の仕事に進めない。
とりあえず、この週末に溜まった原稿を「在庫一掃」で、一気に書き上げることにする。
ウチダはこれまで締め切りというものに遅れたことがない。(締め切りを「忘れていた」ことは何度かあるが)
そういう点では律儀な書き手である。
今日は夕方までに「詩歌」と「家族論」を書き上げて、それからカマンベールを囓りながらシャンペンを呑んで、『トレーニングデイ』を見る予定である。

と書いてから半日経って、夕方になった。(ただいま午後七時半)
「私の好きな詩歌」という2500字のエッセイを書いてから、昼飯。軽く昼寝してから、午後5時にのそのそ起きだし、『ミーツ』の原稿「女は何を望んでいるか?」11枚を書き終える。

「女は何を望んでいるか?」というのは「女性性について」でフロイトが立てた「永遠の問い」であるが、私の「答え」は簡単である。

「女は『女が何を望んでいるか?』という問いに男が答えることができないことを望んでいる」

これは女の欲望についてこれまで提唱された無数の答えの中で唯一、例外的な「正解」である。
なぜなら、この答案についてのすべての「採点」はそれが正解であることを証明してしまうからである。
だってそうでしょ。

「ウチダくん、おっしゃるとおり、それが女の欲望なの」と採点していただければ、当然これは「正解」ということになる。
逆に「何言ってんのよ、ウチダくんは女の欲望について何も分かってないわよ」という「採点」がなされた場合もまた、採点者は私の解答が予告したとおりのことを述べられているので、私の解答は「正解」ということになる。

このような「不敗の構造」をもつ全方位的「正解」に対しての女性の側からのポリティカリーにコレクトな対応は限定的なものとならざるを得ない。
「いきなりはり倒す」
というのがもっとも効果的であるが、できれば
「いきなり唇を塞ぐ」
などという対応もウチダ的には歓迎したいと考えている。