病的な出不精なので、寄席には数えるほどしか行ったことがない。芸能が嫌いなわけではない。大好きである。でも、家から出るのが億劫なのである。誰かが手を引っ張ってくれないと腰を上げない。
さいわい落語は高島幸次先生が手を引っ張ってくださったので、繁昌亭に「色物」として出るようになった。去年の夏そこではじめて桂二葉さんの高座を見た。演目は『近日息子』。口跡の鮮やかさと背筋の伸びが印象的だった。
私は武道家なので、身体の芯がすっと通った身体を見るとなんだかうれしくなる。二葉さんは細いけれども、体幹が強い。剣や杖を振らせてもぴたりとかたちが決まるだろう。
構造が安定していると逸脱することができる。これは文学でも武道でも芸能でも建築でも理屈は同じである。躯体の構造がしっかりしていると「遊ぶ」ことができる。
二葉さんの芸はその「軽やかさ」と「疾走感」が最大の魅力である。『近日息子』を聴いて、「ここまで走れるって、すごい」と思ったが、それは構造が安定しているからできることなのである。
出番が終わった後に、楽屋で着替えていたら、横で二葉さんが次に高座にかける『佐々木裁き』のために大阪の奉行所の仕組みについて高島先生に訊いていた。先生が懇切に説明するのを二葉さんはノートにこりこり書き写していた。なるほど、あの軽みと疾走感の土台にはこういう目に見えない仕込みがあるのかと思った。そして、その日のうちに高島先生に「凱風館で二葉さんの独演会したいんです」とお願いした。
二葉さんの最初の凱風館独演会はNHK新人落語大賞を受賞した1月後だった。『近日息子』をお願いした。先日二回目の独演会に来て頂いて、今度は『天狗刺し』をお願いした。終わった後に何人もの門人たちから「次はいつですか」と訊かれた。凱風館は二葉さんの「ホーム」だから半年したらきっと来てくれるよと返事しておいた。
(うちだ・たつる 凱風館館長・神戸女学院大学名誉教授)
(2022-12-05 08:51)