韓流ドラマとコミュニケーション・プラットフォーム

2020-10-01 jeudi

毎月ある地方紙にエッセイを寄稿している。9月は『韓流』の話を書いた。
 
 コロナで家に閉じこもってすることがなくなった時に、Netflixで『愛の不時着』を見てから止まらなくなり、韓流ドラマをずっと見続けている。『梨泰院クラス』、『新米史官ク・ヘリョン』、『ミスター・サンシャイン』、『ベートーヴェン・ウィルス』・・・毎晩見ているが、一つ見終わるごとに友人たちから「あれを見たか」と督促されるので、終わりが来ない。平川克美君は毎日6時間くらい見ているそうである。毎日明け方近くまで見ているので、目が痛いとこぼしていた。そこまですることもないのに。
 そう言えば、昔は日本のテレビドラマでもそういうことがよくあった。20年くらい前までは、だいたいみんな見ているドラマというものがあった。そういう共通の話題が絶えてなくなった。 
 共同的に参照できる「お話」がなくなると不便なのは、「たとえ話」の材料がなくなることである。年下の友人に大学で「組織論」という科目を教えている人がいるが、彼によると昔は組織論の「たとえ話」に『SLAM DUNK』を引けば、おおかたの学生たちには通じたそうである。だが、ある時期から「桜木」と言っても「みっちゃん」と言っても、何の話かわからないできょとんとしている学生が増えてきた。やむなく、たとえの出典を『One piece』に切り替えたと聞いた。学生のマンガリテラシーの経年変化を知らないと、「たとえ話」もできないんですよと彼はこぼしていた。なるほど。
 昔は歌舞伎や講談がよく「たとえ話」に使われた。弁天小僧と言ったら何者で、曲垣平九郎といったら何の名人で、九寸五分といったら何に使う道具か誰でも知っていた。今の学生はどれも知らないだろう。
 川島武宜の『日本人の法意識』は「日本的調停」の骨法について説明するときに『三人吉三廓初買』の一場面をたとえに用いていた。ここが白眉なのだが、今の法学部の授業で話しても誰にも通じないだろう。
 でも、こういう「文化的プラットフォーム」の存在はコミュニケーションの基礎として必須のものである。それが失われてきた。モラルとか美意識とか感情とか、あるいはもっと具体的に、祝辞の述べ方とか、謝り方とか、喧嘩の仲裁とか、そういうものには「標準型」があって、それをその場の事情に応じて適宜応用できるのが久しく「大人の作法」だとされてきた。 
 だが、それも全員が準拠できる標準があっての話である。紅白歌合戦の視聴率が80%だった時代、『赤穂浪士』の宇野重吉の物まねを小学生でもできた時代の話である。そのような「文化的プラットフォーム」が21世紀になってあらかた消えたことをひそかに慨嘆していたところに韓流ドラマがネットに登場してきたのである。
 印象的な出来事があった。日韓論の本を書いたことがきっかけで、先般在日コリアンの論客たちと座談会をする機会があった。年齢も政治的立場も違う3人の方たちと日韓問題を論じた。現実認識がなかなか噛み合わず、やや冷ややかな終わり方をした後に、ご飯を食べに行った。その席で談たまたま『愛の不時着』に及んだ。するとその場にいた全員(在日コリアン3人、日本人2人)が腰を浮かして、ドラマのあれこれについて論じ始めたのである。このドラマの歴史的意義は何であるかについてみんながそれぞれの思いを熱く語った。なんと、ここに日韓を架橋できる「プラットフォーム」があったのかと胸を衝かれた。
「みんなが知っている物語」というのはたいせつである。人間であれ、出来事であれ、具体的な手触りのある素材を共有するところからコミュニケーションは始まる。自国産ではないけれども、新しいコミュニケーションの素材を手に入れたことを私は言祝ぎたいと思う。