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京都府知事選に寄せて

4月1日日曜に、京都府知事選に出馬している福山和人候補の応援のために、京都に行った。
河原町三条でのスピーチを頼まれていたので、いちおう原稿を作っていった。
実際にしゃべった言葉づかいはだいぶ違うが、だいたい「こんなこと」を申し上げた。

京都のみなさん、こんにちは。
ご紹介頂きました、内田樹です。
僕は神戸市民なので、京都府政とは直接関係がないのですけれど、今回は福山和人候補に一言応援の言葉を送るために、こちらまで参りました。
僕は今回のこの京都府知事選は、ふだんの知事選とはずいぶん意味が違うものだと思っております。
どんな選挙でも、それがどのような歴史的文脈の中において起きているのかによって意味が変わってきます。
今回の選挙は、有権者が先月初めから大きく転換を遂げてきた現在の政治的状況に対して、投票を通じて意思表示をすることのできる最初の機会です。
みなさんご存知の通り、先月の2日、朝日新聞が「森友学園」への国有地格安売却問題をめぐり、財務省が学園との契約に関する決裁文書を書き換えた疑いがあるという衝撃的なスクープを行いました。それから一か月にわたって、手の着けられない政治的混乱が続いています。
今の時点ではっきりわかっていることは、財務省の官僚たちが、総理大臣夫妻の個人的な、イデオロギー上の同志であった人物の便宜をはかるために、公務員としての本務を忘れて、行政を歪めた疑いが濃密にあるにもかかわらず、当の財務省も、かかわった政治家たちも、誰一人その疑いを晴らすことができずにいるということです。
国有財産の私物化という、公人としてあってはならない重い罪を犯している疑いが公人たちにかけられているのです。本来であれば、全力を尽くして、自分の身の潔白を明らかにしようと努力するはずです。けれども、実際に行われているのは、まったく逆のことです。
政府与党は真相を解明するどころか、真相の解明につながるすべての証拠を隠蔽し、事実を知る証人たちに沈黙を強要している。
事件を隠蔽しようとして、うやむやのうちに幕引きに持ち込もうする政府与党の見苦しい策動のせいで、日本の政治はこの一年間致命的な停滞を続けています。
外交でも、経済政策でも、この一年間の安倍政権は失策に失策を重ねています。
安倍政権は朝鮮半島情勢の危機を不必要なまでに煽り立てて、それによって政治的延命をはかってきたわけですけれど、その朝鮮半島問題の解決が、アメリカ中国韓国の周旋によって具体化しつつあるという外交的な決定的な局面を迎えながら、安倍政権はなすところがない。朝鮮半島問題の解決のための話し合いのテーブルに招かれないどころか、そこで何が起きているのか情報さえ提供されていない、完全に「蚊帳の外」に置かれている。
そこまで国際社会における日本の存在は軽くなっているということです。東アジア諸国はもう日本を一人前の外交プレイヤーとして見ていない。
日本の国際社会における地盤沈下は急激に進んでいます。日本の国力はみるみるうちに低下しています。それはみなさんも実感していると思います。
国力というのは、単に経済力や軍事力のことではありません。経済力で言えば、日本はいまでも世界第三位の経済大国ですし、軍事力でもアメリカの格付け機関の評価では世界七位です。にもかかわらず日本の国際社会における重要なプレイヤーと見なされていない。なぜか。それは日本が世界に向けて発信できるようなメッセージを持っていないからです。
国力というのは、数値的、外形的に示せるものではありません。そうではなくて、世界がこれからどうなるべきかについての説得力のある未来像を提示できる力のことです。世界の人々に向かうべき方向を指し示すことのできる力のことです。
その力が日本にはもうありません。
そして、もっと深刻なのは、そのようなかたちで国力が衰えていることについての危機感が政権与党にはまったくない、ということです。
森友加計問題を「くだらない問題」だと言い捨てる人たちがいます。そんなことよりももっと重大な政治的課題があるだろうと。その通りです。でも、このような「くだらない問題」一つ解決できないような政治家たちに、それよりもさらに重要な政治課題が解決できるというのは推論としてまったく合理性がありません。
「この程度の問題」についてひたすら真相解明を妨害して、メディアがこの話題に飽きるのを待つというような頭の悪い解決策しか思いつけない政治家たちに、国難的状況を切り抜ける力があるはずがない。
今日本はほんとうに「瀬戸際」にいます。あらゆる社会制度の土台が崩れ始めている。
どこかで食い止めないと、ほんとうに取返しがつかない。
地方自治体の首長選挙は、たしかに国政に直接つながるものではありません。地域住民が日々の生活を穏やかで、気分よく過ごせるように配慮するのが、地方自治の仕事です。
ですから、市民からすれば、行政官として能力の高い人だったら、誰でもいいというふうに考えるかもしれません。平和な時だったら、そういう判断でもいいでしょう。でも、今は平時ではありません。非常時です。
日本の統治システムが壊れ始めている。地方自治もそれにもう無縁ではいられません。
地方自治の仕事は、いまある手持ちの資源をどうやりくりして、どうやって住民たちに快適で安全で穏やかな生活を保障するかということに尽くされます。
その仕事のために地方自治の首長がなすべき最優先のことは、自治体で働く職員たちの働く「モチベーションを高める」ということです。誇りを持って、公的使命を果たすことができるような健全で、開放的な職場を作り出すことです。
森友問題で露呈したのは、政府与党が政治的圧力によって行政を歪め、それによって公務員たちのモラルを深く損なったという現実です。
地方自治は、民主主義の最後の砦です。ここを崩してはならない。
府知事選でどういう候補を選ぶべきか、僕の基準は一つです。
それは現在の日本が危機的状況にあることを自覚しており、崩れつつある統治システムを再建することの緊急性を理解している人が首長になるべきだということです。
政権与党の推す候補者は、その人が個人的にどれほど能力が高かろうと、見識があろうと、安倍政権がこれまで五年間行ってきた政治を「それでよかった」「これで正しい」という判断に与したということです。
僕はその危機感の欠如に強い不安を抱くのです。
僕が福山候補の応援をするのは、今の日本が危機的状況にあるということ、地方自治の現場で優先的に何をなすべきかを福山さんがよく理解していると信じるからです。
有権者のみなさまの支援をお願いします。

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2018年04月02日 14:36 に投稿されたエントリーのページです。

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