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変わらないことの意味

神戸女学院を紹介している本の「あとがき」にこんなことを書いた。中高部のPRのための本なのでふつうの人はあまり手に取ることがないと思うので、ここに再録しておく。


神戸女学院時代の同僚たちと毎年スキー旅行に来ている。91年の春に着任一年目のシーズンに先輩たちに誘われて来てからだから今年で25回目になる。私は高校一年生のときから半世紀にわたってスキーをしてきた。本邦における「スキー文化」の消長を砂かぶりで眺めてきた。そして、ほんとうに風景が変わった、と思う。
一番変わったのは、若者がゲレンデにいないということである。レストランに入って、辺りを見回してもほとんど中高年者と外国人しか目に入らない。高齢化・インバウンド依存がこのまま推移すれば、いずれ高齢者たちが退場したときに大正時代にヨーロッパから扶植されて発展してきた「日本のスキー文化」それ自体が消滅することになる。百年以上の歴史を持つ、近代日本を彩ってきた一つの生活文化が消える日がかなり間近に迫っている。
スキーはアルピニズムやボートレースと同じように旧制高校・旧制大学を経由して日本社会に根付いたスポーツであり、それゆえに独特の「理想主義」と「教養主義」をこびりつかせていた。スキーとアルピニズムは60年代までは専門用語がほとんどドイツ語だった(ゲレンデも、ヒュッテも、ストックも、ザイルも、「シーハイル」もドイツ語である)。そのエリート主義的な「臭み」が気になったという人もいたかも知れない。けれども、外来の文物を日本に土着させて、「ハイブリッド」を創り出すというのは日本的知性の発動の仕方としてはごく正統的であり、かつ多産的なものであった。でも、約100年の歴史を持つこのスポーツ文化が今日本社会から消えようとしている。
理由は分かりきっている。若者たちが貧困化しているからである。経済的に貧しいだけでなく、精神的にも、文化的にも貧しくなっているからである。広く言えば、若者たちの生きる場である学校という場所そのものが貧しくなっているからである。

先日、大学の杖道会の合宿があった(私は退職後もクラブの師範を続けている)。部員は10名ほどいるはずだが、合宿に参加したのは2名だけだった。OGたちと私が主宰している合気道道場の門人が何人か来てくれたので合宿の体裁は整ったが、学生と私だけでの合宿だったらずいぶん寂しいものになっただろう。なぜ来られないのか訊いたら、「バイトのシフトが調整できなかったみたいです」ということだった。毎週曜日と時間の決まった稽古時間になら来られるけれど、合宿のようなイレギュラーな時間割には対応できない。
私が学生の頃も、もちろんアルバイトはしていた。けれども、事前に予告しておけば、自己都合で休むことも、時間を入れ替えることもできた。誰でもそうしていたし、それを咎めるような雇い主もいなかった。だが、今の学生たちの雇用環境はきわめてタイトである。売り上げノルマを達せなかったり、破損した商品の弁済を求められて、バイト先に借金を作ったというニュースを見かける。そのような「ブラックバイト」が珍しくないほどに雇用環境全体が劣化しているのである。
加えて、学費の高騰と奨学金の給付から貸与への切り替えによって、学生たちの貧困化に拍車がかかっている。貸与奨学金の負債が卒業時点で500万を超えるというケースはもう本学でも珍しくない。大学を卒業しても今では4割が非正規雇用である。学生どころか親たち自身がいまだに非正規雇用という家庭もある。奨学金を親が生活費に流用してしまって授業料が払えないというケースもある。

学生たちが貧しくなっているのは、国が教育への財政支援を削っているからである。授業料を無償化するか、給付奨学金を充実させれば、学生たちは貧困から脱出できる。だが、そのような若者支援のプランを真剣に語る政治家も財界人もジャーナリストもいない。
それは国が教育への支援を削減していることに国民の多くが反対していないからである。現に自分自身や自分の家族がそのせいで貧困化しているにもかかわらず、教育への公的支出はしなくていいと多くの国民が思っている。奇妙な話であるが、それは日本人たちがいつのまにか学校教育が提供するものを「商品」だと信じるようになったからである。
学校は「教育商品」を売る「売り手」であり、学生・保護者たちはその商品の「買い手」である、そういう商取引の図式で人々は今学校教育を捉えている。
学校教育は「自己利益を増大させるもの」であるがゆえに、学校に通うものは「受益者」であり、それゆえ「受益者負担」の原則によって、本人(あるいは保護者)が学費を負担すべきだと考えている人がいる。いるどころではない。たぶん日本人のほとんどがそう考えている。だから、税金を使って自分の学費を減免してくれというような「甘えたこと」を言うなと言い張る人がいる。そんなことは自己責任だと言い放つ人がいる。けれども、勘違いしてもらっては困るが、「学校教育に受益者負担の原則を適用すべきだ」というような信憑が支配的な意見であったことは近代にはないのである。
いや、それに似たことを言った人たちはたしかにいた。公教育導入時点のアメリカがそうだった。19世紀のアメリカでは、学校教育に税金を投入するという構想に多くの納税者たちが反発した。学校教育がもたらす知識・技術・教養・人脈などは教育を受けた個人に社会的上昇の機会を提供する。教育が自己利益を増大させるものであるならその費用は受益者負担であるべきだ、というのである。納税者たちはこう言った。「私たちは自己努力の結果として、子どもたちに学校教育を受けさせるだけの財産を築いた。私たちの子どもは親の努力の成果の恩恵に浴する権利がある。だが、なぜ私たちほど努力もせず、才能もなかった人たちの子どもの教育に私たちの納める税金を投じる必要があるのか。もし、税金で彼らの社会的上昇を支援すれば、それは努力しない者が得をすることになり、社会的倫理が崩れる。それに、税金で教育を受けて社会的上昇の機会を得た貧乏人の子どもたちは社会的なポスト争いで私たちの子どもたちの競争相手になる可能性がある。何が悲しくて自分たちの子どもの競争相手を増やすために私たちが身銭を切らなくてはならないのか。こんな理不尽な話はない。貧しい人間が学校教育を受けたいと言うなら、まず額に汗して働いて、自力で学資を稼いで、それを自己投資するのが筋だ」と。これは論破することの難しいロジックであった。
しかし、最終的にこの「リバタリアン」的な主張は退けられ、幸いにもアメリカに公教育システムは根づいた。そのときに公教育論者が必死で語ったのは「学校教育に税金を投入して、貧者にも教育機会を提供すれば、それによって利益を得るのは『あなたがた』だ」ということであった。学校を出たおかげで、四則計算ができ、文字が読め、社会的常識を身に付けた者たちは「あなたがた」の工場ではよい労働者になり、「あなたがた」の工場で作る製品の旺盛な消費者となるであろう。学校教育に税金を投入すれば、長期的には「あなたがた」が儲かるのである、と。そう説いたのである。この説得に公教育への税金投入に反対していた富裕層たちも最終的には折れた。けれども、それは公教育の理念そのものに同意したからではなく、そうした方が「自己利益が増大する」という算盤を弾いたからであることに変わりはない。
このときに語られた「リバタリアン」的な教育観は今もアメリカ社会には伏流している。けれども、それが支配的な意見になったことはない。もし、19世紀の段階で「リバタリアン」的教育観が勝利して、公教育への税金投入が抑制され、高等教育を受けられる者が富裕層の子弟に限定されていたら、それから後のアメリカは政治的にも、経済的にも、文化的にも世界の「二流国」にとどまっていただろう。アメリカが今日のような世界のスーパーパワーになりえたのは、出自にかかわらず子どもたちがその潜在能力を開花させ、社会的上昇を遂げることのできる機会を制度的に担保したことが深く関与している。
今でも富裕層・特権層にしか十分な教育機会が提供されていない国はいくらもある。それがフェアであるかどうかについてはそれなりの言い分があるだろうけれども、そういう「受益者負担」原理を貫いている国が、学校教育に潤沢に国民資源を投じる国と比べて、知的に優越するチャンスはきわめて低い(というよりゼロである)。教育への資源投入を惜しむ国が科学的なイノベーションを先導したり、未来社会のあるべきヴィジョンを提示したり、世界標準になるような社会制度を創り出すということはありえない

なぜ学校教育に優先的に国民資源を分配しなければならないのか。理由は言うまでもない。集団が生き延びるためである。生き延びるためには「使えるものはすべて使う」のは当然である。学校教育を受けられなかったために開花する機会を逸した才能は「社会的損失」としてカウントされるべきである。私はそう考えているし、18世紀の啓蒙思想家たちもそう考えている。けれども、そういう考えをする人は今の日本ではもう少数派である。
人々は学校教育は「商品」であり、それを獲得するためにはしかるべき「代価」を支払わなければならないと信じている。その「代価」を今ここで準備できない者は、その潜在的な才能や未開発の資源の有無にかかわらず、学校教育機会から排除されて当然だという意見が大声で語られている。子どもたちが教育機会を逸することを「社会的損失」だとはもう人々は思っていない。
ものが商品であれば、その通りだ。金のない人間が車を買えなくても、家を買えなくても、服を買えなくても、私たちは別にそのことを「社会的損失」だとは思わない。「車や家や服が手に入った場合になら開花したかもしれない美質、集団を救ったかもしれない才能」というようなものを私たちは思いつかないからである。そして、質の良い車や家や服が手に入った場合に、自分の身に「何が起きるか」は、どういう快楽がもたらされるかはほとんど確実に予測できる。だが、そこには何の意外性もない。
学校教育は違う。教育とは「そのようなものが人間のうちに潜在しているとは予測もできなかったもの」が見出され、爆発的に開花し、多様な展開を遂げるプロセスである。学校教育がもたらすアウトカムは原理的に予測不能である
だから、未来に希望を持っている社会では教育への資源分配は高い優先順位が与えられる。その反対に、人々が未来に希望を持つことのできない社会では教育への資源分配は最低の査定を受ける。勝っている人間が勝ち続け、負けている人間が負け続ける惰性的な社会、一部の特権集団に権力や財貨や情報や文化資本が排他的に蓄積される社会では、人々は教育への資源分配に敵対的になる。それは他に優先的に金の使い道があるからではなく(それもあるが)、何よりもアウトカムが予測不能なプロセスをそのような社会では人々が嫌悪するからである。
「制御できないもの」「既存の物差しで衡量できない価値」の出現を恐れるからである。

OECD調査によれば、GDPに占める教育機関への公的支出の割合で日本は比較可能な32カ国中最下位である。最下位はすでに5年連続である。この不名誉な記録はこれからも更新され続けるだろう。
だが、それを危機的な事態だと思っている人はきわめて少ない。学校教育の現場でさえ、毎年のように公的支援が削られてゆくことを「しかたがない」と思っている人が過半である。
政府が教育への資源分配を惜しむのは、一にも二にも「費用対効果が悪い」からである。平たく言えば、「金にならない」からである。19世紀に公教育への税金の投入を惜しんだアメリカの富裕な「リバタリアン」たちと同じことを政府も財界もメディアも主張している。
事実、私が大学在職していた最後の時期、文科省が最もうるさく要求していたことは何よりも「すぐに実用に役立つ研究教育をしろ」ということと「どういう努力を入力すると、どういう結果が出力されるか一覧的に示せるかたちで研究教育を行え」ということだった。もう一度同じことを繰り返すが、教育のアウトカムがどういうかたちで開花するかは予測不能である。何がトリガーになって、どのような才能が、どのタイミングで、どんな形態で開花するかは、本人にも教師にも親にも友人にも、誰にもわからない。人間知性はわずかな入力差が巨大な出力差をもたらす複雑系だからである
にもかかわらず、「制御できないものを制御したい」という不可能な望みを抱く人たちが日本の教育行政を仕切っている。
言うまでもないが、「制御できないもの」を制御することは誰にもできない。だから、選択肢は二つしかない。制御することを諦めて、「制御できないもの」がどういうかたちで発現してもあまり驚かされないような弾力的で可塑的なシステムを以て応じるか、硬直的な「制御するシステム」によって抑え込んで、抑え切れなくなったら自壊するか、二つしかない。
不幸なことに、今の日本の教育システムはすでに後の道を選んで歩き始めている。

こういう穏やかな趣旨の書物の「あとがき」に悲観的な言葉を書き連ねるのは不本意だしかなり不作法なことだと分かってはいるけれども、130年を超えて守り継がれてきた神戸女学院の教育理念と教育方法を私たちがこの先も守り続けることができるのかどうか、私にはわからない。
世の中には変化してよいもの、変化すべきものと、変化しない方がよいもの、変えてはならないものがある。それを識別することはきわめて難しい。あらゆる制度は、昨日できたものも、100年前から受け継がれているものも、現時的には「今ある制度」として目の前にずらりと並んでいる。昨日できた制度やルールの中にはただの思いつきやもののはずみでかたちになったものが(多数)含まれている。一方、100年前から受け継がれたものには歴史の風雪に耐えたという実績がある。これを同列に「今ある制度」と一括りにすることに私はつよい抵抗を覚える。けれども、現代日本社会では「歴史の風雪に耐えた」というような実績はほとんど評価されない。むしろ、それは社会の変化に抵抗し、「市場のニーズ」に対応することを嫌うという理由でしばしば「よくないもの」に類別される。学校もそうだ。次々と学部学科を新設し、教育プログラムを「ニーズ」に合わせて書き換え、校舎を新設し、組織をめまぐるしく改組する学校が「社会の変化に最適化するアクティビティの高い教育機関」として高い査定を受けている。愚かなことだと思う。

先日、私立医大の同窓会組織の集まりで講演したことがあった。講演に先立つ総会で「卒業生が同窓会活動に非協力的である」という事例が次々報告されていた。どうしたら卒業生たちに母校に対する帰属感や忠誠心を持たせることができるのか、報告者たちは沈痛な面持ちで問題提起していた。
私はその後に登壇して、用意していた草稿を読み上げるのを止めて、「なぜ卒業生たちは母校に帰属感や忠誠心を持たないのか」について私見を述べた。それは学校が「変わり過ぎた」からである。あなたがたはキャンパスを移転し、校舎を新築し、学部学科を新設し、教育プログラムを書き換えることを「高いアクティビティのあかし」だと信じてそうしているのだろうけれど、卒業生はそういうふうには評価しない。自分が学んだ学舎が取り壊されて跡形もなくなったキャンパスに「懐かしさ」を感じる卒業生はいない。自分が卒業した学科がなくなったり、受けた教育プログラムが廃止されたら、卒業生は母校から「あなたが受けた教育はもう時代遅れになった。あなたがこの学校で受けた教育はもう無価値だ」と宣告されたように感じるだろう。実際にそのような「仕打ち」をしておいて、「どうして卒業生たちは母校に愛着を持ってくれないのだろう」と泣訴するというのは筋違いである。
あなたがたの大学の中で、校舎を新築するときに「旧校舎のたとえ一部でも、卒業生のために『記念館』として残しておこう」という提案がなされたところがあっただろうか。たぶん一校もないだろう。少なくとも経営コンサルタントが入るような大学ではそのようなプランは「無駄」として一蹴されたに違いない。ビジネスマンには卒業生の母校に対する愛着や忠誠というようなものを考量する「ものさし」がないのだからしかたがない。そういう話をした。

神戸女学院は幸い校舎が文化財指定を受けたので、これからあと卒業生たちは岡田山に戻るたびに自分が学んだ学舎がそのまま残されているという特権を享受できる。それは「市場のニーズに対応してめまぐるしく変化することを是とする教育機関」が決して手に入れることのできない財産なのである。

もう指定された紙数を大幅に超えたので取り散らかった話をまとめるが、今の日本の教育は「社会の変化に合わせて息せき切って変化しなければならない」という圧力の下で急激に体力を失っている。「市場のニーズに合わせて変われ」とのべつ耳元でがなり続けられているうちに教育機関としての生命力が損なわれているのである。だが、学校教育は医療や司法と同じく定常的であることが手柄であるような制度なのである。経済学者の宇沢弘文はこれを「社会的共通資本」と呼んだ。集団が存続するためになくてはならない制度は、政治イデオロギーや市場の景況や株価の高下のようなものによって変化してはならない。生身の人間を守るための仕組みはまず定常的であることが最優先する。
当たり前のことだが、「学校制度の出来が悪いので、根本的に制度設計をやり直す」ということはできない(「制度が完成するまで、子どもたちは学校に来なくていい」とは言えないからだ)。私たちが相手にしているのは、生身の人間である。それもまだ自分を守る力の十分ではない子どもたち若者たちである。彼らを相手にするときには「これまでこうやってきて、比較的うまくいってきた」という経験知に基づいてふるまう他ない。それが最もリスクが少ないからである。学校教育においてはリスクを冒すということは許されないのである。

私が神戸女学院の教育について言いたいことはそれに尽くされる。変えてはならないものは決して変えてはならない。同語反復に過ぎないのだが、そういう自明の真理を語る人があまりに少ないので、寄稿の機会を奇貨としてここに書きとめるのである。

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2016年07月01日 18:38 に投稿されたエントリーのページです。

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