さよならアメリカ、さよなら中国(承前)

2011-10-31 lundi

アメリカの経済がどうしてダメになったのか、ということについてはさきほど書いた。
次は中国の経済がどうしてダメになるのかという第二の論点である。
これはおおかたの見通しと共通すると思う。
誰でもが認めるのは「賃上げ圧力の強化」である。
日本企業が過去集中的に中国に生産拠点を移した最大の理由は「人件費コストが破格に安かった」からである。
だが中国は急速な経済成長を遂げた。そして、ニューリッチ層が出現し、桁外れの誇示的な消費行動を始めた。それが人々の「もっと金が欲しい」という欲望に火を点けた。
朝日新聞は昨日(10月30日)の「ルポチャイナ」で腐敗体質について報告している。
教育、医療、行政という「制度資本」の根幹部分に「拝金主義」が入り込んでいる。
教員採用試験の合否も袖の下次第。教師には保護者から賄賂攻勢がかけられ、「金品をもらった生徒を前の席に集め、丁寧に教える。あとの生徒はほったらかし」「腐敗体質が庶民の日常に入り込み、『すべては金次第』というムードが社会全体を覆う。有能な人材は埋もれ、富は権力者に集中」している。
病院でもまともな診療を受けようと思ったら「紅包(ホンパオ)=ご祝儀」を渡すのが常識。
医師に紅包を渡すと入院費が一気に安くなるので、その方が得なのである。
他の商売でも同じで、行政当局からの規則違反で罰金を命じられたときには、担当者に賄賂を渡せば、罰金が一気に減額される。
だったら、賄賂を渡した方がビジネスライクだ、ということになる。
むろん共産党は不正防止に躍起となっており、悪質な上級行政官には死刑も科しているが、腐敗は止らない。
この間相次いだ鉄道や地下鉄の事故も、業者の「手抜き」がほとんど日常的に行われていることを示している。
これはモラルの低下という問題であり、これは中国製商品全体の信頼性を傷つけ始めている。
それ以上に拝金主義が理由で中国人労働者の労賃も高騰することになった。
もうかつてのような「中国に工場を移せば、安い人件費で利益を出せる」という話ではなくなった。
労賃の安い労働者を探すと、もう「字が読めない、四則計算ができない」というレベルの下級労働者を雇うしかないが、それでは品質管理上のリスクが大きい。
大手の日本企業はほぼ一斉に生産拠点をさらに人件費が安く、労働者のモラルの高い国へ移転させようとしている。
一番人気があるのがインドネシア、そして、ベトナム、マレーシアも「人心が穏やかで、労働者のモラルも中国に比べると高い」という点で評価されている。
このトレンドはたぶんもう止らないだろう。
中国は新製品の研究開発、ビジネスモデルの創出、マネジメントといった「川上」の仕事をこなすレベルにまではまだ達しておらず、もっぱら「川中」の部品調達・製造を担ってきたわけだが、その「製造工場」としてのメリットが失われ始めている。
円高で苦しむ日本企業が、さらなる国際競争力を求めて、ぎりぎりまでのコスト削減のために、雪崩的に中国からより労賃のやすい国へ生産拠点を移転する流れはたぶんもう止らない。
そのときに中国はどうやって9%という経済成長を維持するのか。
パイが大きくなっているときには人はパイの配分に多少のアンフェアがあってもあまり気にしない。でも、パイが縮み始めると配分のアンフェアを人々は許さなくなる。
中国の腐敗体質は国策的に作り出したものである。
「先富論」というのは「格差があればあるほど、利己的なふるまいを勧奨すればするほど、人間はよく働くようになる」という労働観に基づいている。
その人間観はたしかに一面の真理を衝いている。
けれども、それは「全員が富を分かち合う共産主義社会をめざす一行程」として暫定的には許容されても(鄧小平はそのつもりだったはずである)、「社会の最終形態」として受け容れるにはあまりに貧しい。
中国はこれからどうなるのか。
私にはよくわからない。
ただ、このまま事態が進行すれば、どこかの時点で、中央政府のコントロールを超える「カタストロフ」を迎えるだろうということはわかる。
制度資本が劣化し、社会的インフラが劣化し、そして、すでに自然環境が劣化している(80年代に西域で埋蔵量の豊かな油田が発見されたが、採掘の技術だけはあって、運搬や精製の技術がなかったために、採掘された石油の95%は「垂れ流し」にされ、環境汚染の原因となった、という話は昨日自動車メーカーのエグゼクティヴからうかがった)。
社会的共通資本が軒並み崩れ始めている共同体がこの先どうやって生き延びることができるのか。
中国政府はたぶん真剣に頭を悩ませていると思う。
知恵があれば貸して差し上げたいが、何も思いつかない。