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リーダビリティについて

昨日書いた「エクリチュール」論について、ツイッターの方に、「そういう内田自身の書いている文章のリーダビリティはどうなのか?」という疑問が寄せられた。
それはたして「階層下位に釘付けにされているものにも届くように書かれているのか?」
そういう問いかけはもちろん有効である。
私自身が昨日書いたブログの文章は決して読みやすいものではない(漢字が多いし、英語も使いすぎる)。
けれども、それにもかかわらず、万人に開かれた「不可能な言語を夢見て」書かれているという点において、文化資本の排他的な蓄積を回避することをめざしている点において、「リーダブルであること」は私の書きものの変わらぬ目標である。
リーダブルな文章というのは「わかりやすい文章」ということとは違う。
「ロジカルな文章」というのとも違う。
ましてや「簡単な言葉が使ってある文章」のことではない。
どれほど難しい術語が用いられていても、どれほど入り組んだロジックが使われていても、「すっと身体に入ってくる文章」というものは存在する。
例えば、レヴィナスの文章を最初に読んだとき、私はその一行も理解できなかった。けれども、その文章は物質的実感をともなって私に「触れ」、「私を解釈せよ」と私に命じた。
その結果、私は「この文章が理解できるような人間に自己形成すること」を自分に課すことになった。
レヴィナスの文章のコンテンツは私にはわからなかった。わからなかったけれども、「いずれこれがわかる人間にならなければならない」ということはわかった。
そういうことが現実にある。
リーダビリティというのは、そのように遂行的なかたちで読者にかかわるものではないか。
メディアの要求する「わかりやすさ」と私がくりかえし確執してきたのは、彼らの言い立てる「わかりやすさ」というのがほとんど「語彙の制限」のことだったからである。
それは違うだろうと私は思った。
語彙を制限すれば、文章がリーダブルになるということはない。
書き手が読み手の知性を自分よりも低いと想定して書いている文章(新聞の論説や解説記事はその好個の適例であるが)は、どれほど簡単な言葉で、平明な理屈で貫かれていても、決してリーダブルではない。
それを「理解したい」という読者のがわの知的な欲望を活性化しないからである。
「諸君が知らぬことを教えよう」という教化的な善意はあるのかも知れない。
けれども、そこに読者に対する敬意はない。
そして、そのことを読者は数行も読まないうちに感知する。
感知したとたんに、それを「読んで理解したい」という意欲は一気に萎えてしまう。
そういうものである。
それは語彙の多寡や修辞の巧拙や論理の精粗とはかかわりがない。
「読者に対する敬意」というのはメッセージではなく、メタ・メッセージのレベルにしか表れないからである。
メタ・メッセージとは「メッセージの解釈仕方を指示するメッセージ」のことである。
「後ろの方、聞こえてますか?」というようなのが典型的なメタ・メッセージである。
メタ・メッセージの特徴は「その解釈については誤解の余地がない」ということである。
当然ながら、メッセージの解釈についての指示が複数の解釈を許したら、それはメタ・メッセージの役を果たさないからである。
「後ろの方、聞こえてますか?」という問いかけに対しては「聞こえます」と(論理的には奇妙な話だが)「聞こえません。もっと大きな声でお願いします」という回答しかない。
仮に「後ろの方、聞こえてますか?」というメタ・メッセージに対して無反応な聴衆がいた場合、私たちは彼らが上記二つの台詞のどちらかを口にするまで、つまり「解釈に誤解の余地がなくなるまで」メタ・メッセージの発信を繰り返すことになる。
メタ・メッセージというのは「その意味が相手に一義的に伝わらない限り、意味をもたない」メッセージであるという点で、その他のメッセージとまったく異なるのである。
「読者に対する敬意」もまたメタ・メッセージとして示される他ない。
それは「私が語るこの言葉は『ぜひあなたには理解してもらいたい』という気持ちを込めて語られている」と読者に告げる。
そこで語られているコンテンツがどれほど難解であっても、どれほど容易な接近を拒んでいても、「読者に対する敬意」というメタ・メッセージを感知できる読者に対しては、テクストはつねに開かれている。
リーダビリティとはそのことではないかと私は思う。

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2010年11月06日 17:44 に投稿されたエントリーのページです。

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