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エネルギー政策について

文献ゼミでエネルギー問題について二人が発表する。
一人は石油枯渇、一人はハイブリッドカー。
環境問題は女子学生の好む主題であるが、私はあまり好まない。
理由の一つは「複雑な問題に対して単純なソリューションを対置する」態度が広く採用されているからであり、理由の第二はそう指摘するとすぐに怒り出す人が広く分布しているからである。
そういう種類の人間がダマになっている論件に近づいても、あまりいいことがないので、敬して近づかないのである。
しかし、今回の発題者たちは二十歳前のイノセントな女子学生たちである。
せめて彼女たちには「複雑な問題を複雑なままに扱うこと」のたいせつさを教えておきたいので、いくつかのトピックをランダムに提示する。
その一。
私たちの世代は子どものころに「日本のエネルギー源は水力発電で得られる」と社会科の教科書で習った。
日本は急峻な山地に覆われ、雨量も多い。水力発電として、これほど恵まれた環境は世界にも類を見ない、と教科書には書いてあった。
すばらしい、と子どもだった私は思った。
山に降る雨水がただ川下に流れるだけでエネルギーを作り出すのである。
私は幼いエコロジストであったので、水質汚染も大気汚染も自然破壊ももたらさない水力発電国の国民であることを神に感謝したのである。
しばらくして、日本のエネルギーは火力発電にシフトした。
こちらの方がずいぶん環境負荷は大きそうだけれど、水力を棄てた理由については誰も子どもに説明してくれなかった。
しばらくして、火力発電から原子力発電にシフトした。
これはもう水力に比べると圧倒的にリスキーな発電方法のように思えたけれど、誰もそれが採択された理由を私には説明してくれなかった(一人だけスナックのカウンターでそれについてコメントしてくれたサラリーマンがいた。私が「原発反対」というワッペンを襟につけて飲んでいたら、「だったら、お前もう電気使うなよ。原発に反対するやつには電気使う権利ないよ」と怒鳴りつけられた。それが私と原発のただ一度の「接点」である)。
なぜ国策的なエネルギー政策の転換について私たちは「説明」されないのか。
水力がダメで、原発がいい理由として、「土砂が堆積して、発電量が落ちるから」という説明を一度ある県の知事から聞いたことがある(この人はダムのたくさんある県の知事で、かつ私の岳父であった)。
私はこの説明にひどく驚いた。
日本のエネルギー政策の立案者が「その程度のこと」も予測しないで国策的なダム作りをしていたということがほんとうだとしたら、日本のエネルギー政策の起案者たちは全員「バカ」だということになるからである。
そして、全員が「バカ」であるところのエネルギー政策立案者が「おお、これは失敗」というので次に立案したエネルギー政策もまた同一の「バカ」頭から出たものである限り、論理的には同程度に愚策である蓋然性が高い。
水力発電を信じた私は間違っていたのである。
だとすると、私にはこのあと政府が提唱するものである限りは、火力発電も、原子力発電も、太陽光発電も、風力発電も、どれにもイノセントな期待を託すことができなくなる。
私の負託を得たければ(得たくもないであろうが)、政府は「どうして、わが国のエネルギー政策はこのように無様なダッチロールを続けるのか」について、きちんとした理由を開示しなければならない。
「過去の政策」の失敗の理由について筋の通った説明ができない政府が採択している「現在の政策」も、いずれ同じように筋の通った説明のないままに廃棄されるであろうという私の推論に瑕疵があれば、日本のエネルギー政策の当事者はぜひ「このへんが違います」とご指摘を願いたいと思う。
これが一つ。
もう一つはローマ・クラブの「成長の限界」である。
1972年に発表されたこのレポートは私たちの心胆を寒からしめた。
このレポートによれば石油埋蔵量は21世紀にはいったあたりで枯渇することになっていたからである。
残り30年。
それから30年経った。
2009年における石油の可掘埋蔵量があと何年分だかみなさんはご存じだろうか。
あと45年である。
不思議な話であるが、「あと30年」と言われてから35年経ったら「あと45年」と言われているのである。
どうしてこんなことが起きたかというと、掘削技術と精製技術が進化したからである。
埋蔵量というのは「埋蔵されているもの」の量のことではない。
埋蔵されている資源のうち、「掘って採算が合う」もののことを言うのである。
「地球の中心のマグマのあたりにどかんと石油があるんですけど」というような場合、それは「埋蔵量」にはカウントされない。
掘削してもペイしないからである。
「技術的に掘り出せて、かつ掘り出すのに要したコストを差し引いても利益が出る」ものについてのみ私たちは「埋蔵量」という言葉を使うのである。
だから、埋蔵量は年ごとに変動する。
ごく単純に言えば、石油価格が暴落した場合、埋蔵量は減少し、石油価格が高騰すれば、埋蔵量は増大する。
要は「掘る気になるかどうか」の問題だからである。
現在、化石燃料消費が依然として産業のベースになっている最大の理由は、「その方がアメリカの石油会社が儲かる」からである。
石油会社は産業構造が石油依存ベースであれば、必ず儲かる仕組みになっている。
石油がじゃぶじゃぶ出れば、それで儲ける。
「石油が枯渇した」と言われれば(ほんとうは枯渇したのではなく、コストが安すぎて「掘る気になれない」だけであるが)、価格を吊り上げて儲ける(価格を吊り上げれば、埋蔵量はまた増大する仕組みは上に述べた通り)。
いよいよ石油がなくなったら、代替エネルギーで儲ける(アメリカの石油資本は今、過去最大の利益を上げており、その利益を「代替エネルギー開発」に惜しみなく投じている。社会が「脱=石油」にシフトすれば石油会社にじゃんじゃん金が入るようにビジネスモデルを設計しているのである。知恵者はどこにもいるものである)。
もう一つ。
アメリカが世界最大の工業国になったのは20世紀に入って、二度の世界大戦で戦場になったヨーロッパの産業のインフラが破壊されたときに無傷で残ったことと、20世紀のはじめにテキサスで石油が発見されたことである。
テキサスで石油が発見されたのは1901年。ボーモントのスピンドルトップという小さな丘で大油田が噴き出した。
このとてつもない規模の油田を国内に所有していたことで、アメリカは「ただ同然のエネルギー源を潤沢に費消する石油ベース産業構造」を作り出すことによってたちまち世界最大の工業国になったのである。
でも、忘れないで欲しいのは、テキサスがメキシコから独立したのは1835年だということである(そして、アラモの戦いが始まる)。
テキサス州としてアメリカ合衆国に併合されたのはその10年後の1845年である。
もし、テキサスの独立運動(ハワイ州の場合と同じく、平たく言えば、アメリカ人入植者による土地の強奪のことだ)がなければ(あるいは失敗していれば)、その半世紀後のアメリカの工業化がどういうふうになっていたのかよくわからないということである。
「テキサスがアメリカでなかった場合」に20世紀アメリカの産業構造がどのような屈曲を強いられたか。
そういう問いについて、私たちはたまにはSF的想像力を行使してもよいと思う。

エネルギー政策について私が言えることは、これがさまざまの集団の、さまざまのレベルでの利益追求を変数とする方程式だということ、それだけである。
特定の集団に選択的に利益をもたらすエネルギー政策は存在するが、人類全体に利益をもたらすエネルギー政策は存在しない。
人類全体に利益をもたらすエネルギー政策があるとしたら、それは「世界中の国民が一斉に産業革命以前のライフスタイルに戻る」というものだけである。
私はこの政策に賛成なのだけれど、同意してくれる人はあまりいない。

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2009年07月04日 16:35 に投稿されたエントリーのページです。

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