若者はなぜうまく働けないのか?

2007-06-30 samedi

CIRCUSという雑誌の取材がある。
お題は「どうして若者はうまく働くことができないのか?」
一方に引きこもったまま労働しない若者がおり、一方に過労で倒れそうな若者がいる。
いずれも「うまく働いている」わけではない。
どうしてなのか。
たしかに「どうしてなんでしょう」と訊きたくなる気もわかる。
お答えしよう。
これは複数のファクターの総合的な効果であるから、単一の原因を探してもダメである。

第一は働く個人の側の問題である。
『下流志向』で分析したように、労働を経済合理性の枠内でとらえると、労働者は自分の労働の成果に対して、「等価の」報酬が、「遅滞なく」、「固有名宛て」に給付されることを望む。
学生たちが知っている「work」の経験はさしあたり受験勉強と就活だけであるが、それはまさに、努力に対する報酬(成績や合否採否)が(成績発表、内定通知の日に)「遅滞なく」、努力にふさわしい評価として、固有名宛てに届けられるシステムである。
前にも書いたとおり、「受験=就活のモチベーション」と「労働のモチベーション」は別種のものである。
前者は個人のためのものであり、後者は集団のためのものである。
このまったく違う活動を同一のモチベーションで行おうとするところに齟齬が生じるのである。
だから、1年半ほど汗水たらして就活をしたあげくに、入社した会社で「労働するモチベーション」を維持できずに三月で辞めてしまう・・・ということが起きる。
労働は本質的に集団の営みであり、努力の成果が正確に個人宛に報酬として戻されるということは起こらない。
報酬はつねに集団によって共有される。
個人的努力にたいして個人的報酬は戻されないというのが労働するということである。
個人的努力は集団を構成するほかの人々が利益を得るというかたちで報われる。
だから、労働集団をともにするひとの笑顔を見て「わがことのように喜ぶ」というマインドセットができない人間には労働ができない。
これは子どものころから家庭内で労働することになじんできている人には別にむずかしいことではない。
みんなで働き、その成果はみんなでシェアする。働きのないメンバーでも、集団に属している限りはきちんとケアしてもらえる。
働くというのは「そういうこと」である。
だが、社会活動としては消費しか経験がなく、「努力」ということについては受験と就活しか経験がない若い人にはこの理路がうまく理解できない。
どうして自分の努力の成果を他人と分かち合わなくてはいけないのか?
だって、それオレのもんでしょ?
違うのだよ。
『スイスのロビンソン』という、今ではほとんど読まれることのない児童文学作品がある。
これはスイス人一家が無人島に漂着して、そこでロビンソン・クルーソーのような暮らしをするという物語である。
その冒頭近く、漂着したあと、海岸でみんなで魚介類を集めてブイヤベースを作るという場面がある。
スープができたはいいが、皿もスプーンも人数分ないから、みんなでわずかな食器を使い回ししている。すると、子どもの一人がおおぶりの貝殻をとりだして、それでずるずるスープを啜り始めた。
なかなか目端の利く子どもである。
それを見た父親が子どもに問いかける。
「お前は貝殻を使うとスープが効率よく食べられるということに気づいたのだね?」
子どもは誇らしげに「そうです」と答える。
すると父親は厳しい顔をしてこう言う。
「では、なぜお前は貝殻を家族の人数分拾い集めようとせずに、自分の分だけ拾ってきたのだ。お前にはスープを食べる資格がない」
私は9歳くらいのときにこのエピソードを読んで「がーん」としたことを覚えている。
そうか〜、集団で生きるときには、「そういうルール」に従わないとご飯が食べられないんだ・・・
これはメモしとかなくちゃね、と私は思ったのである。
でも、今の若い人の多くはこのエピソードの意味を理解できないだろう。
このオヤジ、頭おかしいんちゃう?
限られたリソースを競争的に分配するときに、自分だけが有利になるように動いたことがどうして罰されなければいけないのか?
このルールを受け容れたら、例えば株の取り引きなんかできないことになる。
しかし、社会のルールは「複数の人間が無人島でも暮らせる」ことを基準に作られている。
そのことを覚えておこう。
そのルールでやったら「無人島では生きられない」ようなルールは「例外的な状況でだけ許される特例」なのである。
そして、現代の若者たちはそのような「特例」だけしか知らない。
「個人の努力の成果は個人が占有してよい」というのは生存競争がほとんどない時代、リソースの分配競争に負けても餓死することのない安全な時代にだけ適用できる「特別ルール」なのである。
それ以外のすべての場合において、努力の成果は占有してはならず、つねに他者と分かち合わなければならない。
現代日本のような安全で豊かな時代でも、親族やコミュニケーションや交換のような、人間存在の本質にかかわる活動では依然として人類学的惰性が効いているので、この「一般ルール」が生きている。
特殊なルールで育てられてきた子どもが、一般ルールの場所に放り込まれたことによって生じるとまどいが「うまく働くことが出来ない」というかたちに現象するのである。

「うまく働けない」第二の理由は雇用条件にかかわるものであるが、これも内在的には働く若者の心理とリンクしている。
若い人たちは「やりがい」ということをよく口にする。
「やりがいのある仕事」を求めて、たびたび転職したりする。
この場合の「やりがい」ということばを年長者は「使命感」とか「社会貢献」ということと誤解しがちだが、当人たちはたいていの場合「受験勉強と同じ」という意味で使っている。
つまり、自分の努力の成果が、まちがいなく自分宛に、適切な評価を受けてもどってくるような仕事のことである。
残念ながら、ほとんどの仕事はそういうふうには構造化されていない。
だから、彼らが最後にゆきつく「やりがいのある仕事」はミュージシャンとかアーティストとか作家とかいう「個人営業のクリエーター」系に固まってしまうのである。
たしかにロケンローラーが1000万人、漫才師が1000万人、漫画家が1000万人いる社会というのもにぎやかでよろしいだろうけれど、社会的ニーズということも多少は考えていただきたい。
とりわけこの「自分の仕事」と「他人の仕事」の境界線をきっちり決めて欲しい(そうしてもらわないと適正な成果評価ができないから)という要請は、彼らの労働条件の不可逆的な劣化をもたらしている。
だが、そのことに本人たちは気づいていない。
ほんらい、「自分の仕事」と「他人の仕事」のあいだには境界線なんかない。
それをむりやり区切ろうとしたら、仕事をセグメント化、モジュール化するしかない。
「たしかにこの仕事は隣の人の仕事と間違えようがない」というくらいにきっぱり識別できる仕事というのは、その仕事自体はきわめて均質的なものになる。
それまで並んでだらだら「だんご」を作っていたのを止めて、「オレは餅だけこねるから、おまえはあんこだけ作れ」というようになると、たしかに「餅」の生産高や品質は「オレ」の成果として明確に外形化される。
「餅はうまいがあんこはいまいち」という評価を受けた場合も、ぜんぜん気にしないでいられる。
けれども、その代償として「一生涯餅だけこね続ける」という呪いにかけられる。
共同作業の中で、自分の仕事だけを分離できるようにすると、その仕事は「単純労働の繰り返し」にならざるをえない。
たとえば派遣の仕事はいつでも取り替え可能なように完全にモジュール化されている。
だから、成果評価は簡単である。
Aくんは同一のモジュールを1週間で仕上げた。Bくんは2週間かかった。ならばAくんはBくんの単位時間あたりでは2倍の報酬を受けとることができる。
フェアな査定である。
でも、そのフェアな査定を要求した代償に失ったものを忘れてはいないか。
それは仕事を「計量可能」にする代償として、仕事は必然的に「均質」になり、同時に、無限にタイトになるということである。
というのも、その理屈なら、同一のモジュールを一日で仕上げれば、単位時間あたりの報酬は計算上7倍になるからだ。
だから、もっとも適正に成果が評価される仕事を求めていると、最終的に「右の物を左に移す速さ」を心身の限界まで競うような仕事になってしまう。
そして現にそうなっている。
仕事のモジュール化は90年代に「アウトソーシング」と「非正規雇用への転換」としてコスト削減の秘策とされてもてはやされた。
それは「オレの仕事」と「となりの人の仕事」がきっぱりと分離され、自分の仕事については自分が100%責任を持ち、その成果も損失も自分が引き受けるというスタンドアロンな労働環境を求める求職者たちのマインドともジャストフィットした。
ご本人たちは気づいていないが、若者が「やりがい」を求めるほど、彼らを傭う賃金は安くすることができる。
このシステムを雇用者たちは最大限に活用した。
「職能給への切り換え」や「独立事業部制」を求める若い人は今も多い。
彼らはそうやって仕事を他者たちから分離し、誰からもあれこれ指図を受けない独立の労働圏を確立したら、「はたらく自由」が手に入ると思っている。
だが、それが彼ら自身の労働条件をどれほど切り下げているか、そもそも労働意欲をどれほど損っているのか、当人たちはまだ気づいていない。
彼らが手に入れたのが実は「過労死する自由」かもしれないということに気づいていない。
というような話をする。
『下流志向』では「働かない若者」の分析にはほとんど頁を割いていないので、この問題についてはまた稿を改めてもう少し書き足したいと思う。
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