今週も週末がない(ということは芦屋の稽古に行けないということである。しくしく)。
東京から帰ってきて、そのまま死に寝していたが、熱いシャワーを浴びて目を覚ましてから、まず「父の子育て」という締め切りをとうに過ぎている原稿4000字を一気書き、そのまま送稿。
これは父親は「晴天モデル」で子どもを育て、母親は「荒天モデル」で子どもを育てる、というお話。
言い換えると、父親は子どもをラットレースにおいて勝利させようとし、母親は「ライオン」に喰い殺されないように、子どもをできるだけ大きな群れの中のできるだけ悪目立ちしない個体にしようとする、ということである。
父親は子どもを「相対的強者」にすることを望み、母親は子どもが「絶対的弱者」であることを直感的に知っているので、「勝つこと」ではなく「生き残ること」だけを望むのである。
この二つの育児戦略の相補的・相互規定的なダイナミズムの中で子どもは育てられる。
現在の子どもをめぐるさまざまの問題には、父親主導の「晴天モデル育児戦略」がドミナントになり、どんなことがあってもわが子を生き延びさせようとする母親主導の「弱者ベースの育児戦略」の影が薄くなったという事実が伏流している。
すすんで弱肉強食の競争原理に同意し、勝者に拍手し、敗者に唾するという倒錯に現代の子どもたちは取り憑かれている。
自分が「本態的弱者」であるということを忘れてしまったのである。
「『私は弱者です』と自己申告すれば、社会的リソースの配分で有利なポジションが得られる」というポストモダニズム固有の病態である。
私たちの時代の「政治的正しさ」は「『誰が最も弱者かレース』の勝者」がリソース配分で有利になる」というゲームのルールを採択した。
「本態的弱者」が(社会的リソースの争奪戦では)「相対的強者」になるということになれば、人々は争って「私こそ真の弱者である」と叫びたて、「お前なんか『真の弱者』じゃない」といって他人の権利請求を棄却しようとする。
自分がいかに迫害され、疎外されてきたか、親により学校により社会により、能力の開発を阻まれ、健全な成長の機会を奪われてきたか、その結果自分がいかに無知で非倫理的で、社会的に無能な人間になったかを人々は「競って」ショウ・オフするようになった。
その方が「リソースの配分率がいい」という信憑が瀰漫したからである。
愚かなことである。
弱者に支援が提供されるのは、弱者の定義が「生き残ることが困難な個体」だからである。
どのようなアファーマティヴ・アクションも本態的な弱さをカバーすることはできない。
目先の「利得」の競争的配分に目が眩んで、人々は「生き残ることに真に必要な人間的資質」の開発に資源を投資することを怠るようになった。
「競争的配分」というのはシステムが機能していることを前提にしている。
「生き残る」というのはシステムが機能しなくなったときのことを想定している。
「競争」というのはアリーナがあって、審判がいて、ルールがあるところでアスリートたちが限定的な技能の相対的優劣を競うことである。
「生き残る」というのは「競争」とは違う。
そのアリーナが「ゴジラ」に襲われ、審判も協会役員も観客たちも踏み潰される阿鼻叫喚地獄からあらゆる手だてを尽くして逃げ出すことである。
母親の育児戦略は「五分後にゴジラに襲われても生き残れる能力」の開発に焦点化している。
父親の育児戦略は「このゲームが明日も明後日も未来永劫に続く」ことを前提としている。
「本態的な弱さ」が「相対的な優位」に読み替え可能となるという倒錯は戦後60年の日本の前代未聞の平和と繁栄の中でのみ可能なアクロバシーである。
父たちはこの平和と繁栄が永遠に続くだろうと思っている(そうでなければ、「ちょっと戦争でもしてみようか?」というような病的な「平和ボケ」は出てこない)。
母たちは、本来であれば、この平和と繁栄の脆さを直感している(はずである)。
そして、どれほど周囲から冷笑されようとも、子どもが「ライオン」に喰われないための能力(「何でも食べられる」「どこでも寝られる」「誰とでも友だちになれる」「見知らぬ人から情報と支援を得ることができる」といった人間的資質)の開発にすべての資源を投じているはずである。
弱者ベースの育児戦略が不要になるほど平和な社会というものを人類はこれまでの歴史の中で持続的に有したことがない。
私はこの歴史的教訓にたいしてもう少し謙虚であった方がいいのではないかと思っている。
というようなことを書く。
書き終えると、すぐに大学に出かけて、日本ユダヤ学会の準備。
本学は二年に一回学会の関西研究例会の当番校に当たるが、会員は私と三杉先生の二人しかいないので、二人で看板出しや会場設営やコピー取りやお茶汲みや懇親会幹事などすべてをやらないといけない。
「内田先生のところにはゼミ生とか院生とか、学会のお手伝いする人はいないのですか?」とときどき訊かれるけれど、私にはユダヤ学関係の弟子はひとりもいない(というか「学問上の弟子」というものがいない)。
だから、当然、日本中のユダヤ学の泰斗が一堂に会するこの奇跡的にディープなイベントの学術的意味が理解できる学生院生も本学にはいない。だから、仮にお手伝いを頼んだとしても「え〜、土曜日なのに学校でお茶汲みですか〜。バイト代はずんでくれるなら行ってもいいけどお」というようなビジネス・マインデッドなリアクションしか期待できないのである。
本日の研究発表は手島勲矢会員の「ユダヤ学における聖書研究:伝統批判と近代批判の交錯」。徳永恂会員の「フロイト『モーゼと一神教』再読」。
ヴェルハウゼンの聖書学とカウフマンの聖書学のそれぞれの批評的スタンスの差を論じた手島先生の発表は私の理解を遠く超えたお話であったが、徳永先生のフロイト論は私自身レヴィナス論の中で吟味したところであるので、興味深く拝聴する。
問題は「父殺し」という起源の出来事の現実性をどう評価するか、ということである。
私の立論はご存じの人はご存じ(ご存じでない人はご存じでない)の通り、「父殺し」は「歴史的事実としては存在しなかったが、宗教的事実としては存在した」というものである。
もし始原の罪が実際に犯されていたのであれば、贖罪は「罪の取り消し」であり、罪と罰の等価交換になってしまう。
悪いことをしました、では、罰を与えます、というようなシンプルな物語からはどのような倫理も基礎づけることができない。
だから、罪は犯されてはならず、にもかかわらず有責性は引き受けられねばならないのである。
事実的には存在しない自分の「負債」をカウントするところからすべてを始めること。
これが人間の人間性を基礎づける「最初の一撃」である。
というのがレヴィナスとレヴィ=ストロースの教えである。
おそらくフロイトもそれに近いことを考えていたのだろうと私は思う。
無事に例会が終了して、どどどと西宮北口の懇親会会場に繰り込み、ディープなユダヤ学会トークとなる。
この学会の会員はあまりに専門がバラバラで無関係なので、その人とコネができると得をするとか、その人に批判されると渡世上のダメージがあるとか、そういうことがまるでない。大変お気楽なセッションである。
天文学ファンのつどいとか、鉄道マニアのつどいとか、そういうものに近いと思っていただければよろしいであろう(どちらも行ったことがないから想像であるが)。
懇親会を打ち上げて、さらに二次会へ繰り出す会員諸兄諸姉とお別れして、芦屋に戻る。
香港から濱田雄治が戻ってきているので、久闊を叙する。
濱田くんと会うのは、二年前の秋に学士会館であった竹信悦夫くんの「送る会」以来である。
香港滞在13年となった濱田くんと毛沢東の功罪について、中国政府のガバナンスについて、中国人のリスクヘッジ戦略について、ウイスキーを片手に語り合ううちに夜はしんしんと更けてゆくのであった。
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(2006-11-26 11:23)