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   <title>内田樹の研究室</title>
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   <updated>2008-07-04T04:31:46Z</updated>
   <subtitle>みんなまとめて、面倒みよう – Je m&apos;occupe de tout en bloc</subtitle>
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   <title>先取りされた未来から見た過去</title>
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   <published>2008-07-04T04:26:44Z</published>
   <updated>2008-07-04T04:31:46Z</updated>
   
   <summary>クリエイティヴ・ライティングの今週のお題は「７０歳になって、来し方を回想して、『...</summary>
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      <![CDATA[<p>クリエイティヴ・ライティングの今週のお題は「７０歳になって、来し方を回想して、『自分史』を書くことにした君が、その４５年前、２５歳の一年を思い出して綴った文」。<br />
前回は５年前、2００３年６月のある一日の日記を書いてもらった。<br />
たいへん面白かった。<br />
思春期の自意識過剰ぶり、友人との距離感のなさ、学校と教師に対する遠慮を知らない倦厭感、過剰な攻撃性、そういう「幼さ」をみごとに掬い上げた傑作がいくつも見られた。<br />
うまいものである。<br />
このドライブ感を維持して書き続ければ、そのまま小説になりそうである。<br />
しかし、「実話」というリミッターがかかっているので、想像力の暴走にもおのずと限界がある。<br />
今回の宿題はそれをはずしていただこうという趣旨である。<br />
まず想像的に７０歳になってもらう。<br />
この年齢となれば、ものの見方考え方もずいぶん変わっているはずである。<br />
その条件の上で、２５歳の1年という「いまだ到来していない未来のできごと」を過去形で語っていただこうというのである。<br />
７０歳から見たら２５歳は夢のように遠い過去、記憶も消えかけた青春の日である。<br />
二十歳の学生たちから見ると２５歳は、これまた中途半端に近いがゆえに、想像することがむずかしい未来である。<br />
みなさんの中には、５年後を想像することなんか簡単だろうと思う方がおられるやもしれぬ。<br />
そうでもないのよ。<br />
というのは「うかつな想像」をしてしまうと、その想像の「呪縛」にかかってしまうからである。<br />
つねづね申し上げているように、想像には遂行性がある。<br />
詳細にわたって未来のある一日を想像してしまうと、そのとおりのことが実現する確率はそうでない場合に比べて桁外れに高くなる。<br />
だから、適当なことを書くわけにはゆかない。<br />
うかつに「父親の会社が倒産したあと、母は白血病に罹り、弟は家出して暴力団にリクルートされ、私は父の借金を払うためにやむなく苦界に身を沈めたのであった」などということを書いてしまうとたいへん剣呑なことになる。<br />
むろん、それを記述する７０歳の彼女たちもまた描かれ方によっては彼女たちの未来をつよく繋縛する。<br />
だから、この未来図には「私はそのようになりたい」という思いを深くこめなければならないのである。<br />
未来について書くというのは彼女たち自身を「予祝する」ことである。<br />
言葉のもつ現実変成力を感じ取ってくれるとよいのだが。</p>

<p>どうして、こんな宿題を思いついたかというと、その前の日に試写会で『スピードレーサー』を見たからである。<br />
吉田竜夫＆タツノコプロの『マッハGoGoGo』（アメリカでのタイトルは『スピードレーサー』）の実写版リメイクをウォシャウスキー兄弟がハリウッドで実現した。<br />
なんで、いまごろ６７－８年の日本アニメを実写でリメイク？<br />
と、みなさんも不思議に思ったであろう。<br />
私も不思議に思った。<br />
たしかにウォシャウスキー兄弟はアニメ好きである。<br />
ご案内のように、『マトリックス』は『攻殻機動隊』へのオマージュにあふれていた。<br />
でも、どうして今、『マッハGoGoGo』なの？<br />
私にはよくその必然性がわからなかった。<br />
でも、映画を見ているうちにわかった（ような気がした）。<br />
これは「未来から回想した過去」なのである。<br />
もう自動車という乗り物が姿を消してしまった未来から回想された「石油を湯水のように使い、大排気量エンジンから排ガスをまきちらし、クラッシュするたびに何トンもの鉄屑を廃棄する遊び」が許されていた信じられない時代の思い出なのである。<br />
その時代の人々は、その「遊び」を通じて「自分探し」や「家族の絆の確認」をしていた。<br />
目的自体は結構なことだけれど、それにしても環境負荷を考えると費用対効果が悪すぎないか？<br />
そんな遊びをするよりは詩を書いたり家庭菜園を耕していた方がエコ的にはナイスだったのでは？<br />
というふうにたぶん今から半世紀くらいあとの（もう石油資源が枯渇したあとの）未来の人々は考えるだろう。<br />
「自動車レースで自己実現する」ということが「砂漠の真ん中でリッター２００円のミネラル･ウォーターで満たしたプールで１００メートル自由形を泳いで自己実現する」ということと同じくらいに「意味ぷー」になる日がいずれ来る。<br />
必ず来る。<br />
ウォシャウスキー兄弟はたぶん「その日」を想像的に先取りして、「大排気量の自動車をいくら走らせても誰も文句を言う人がいなかった時代」をそこから回想しているのである。<br />
だから、この映画の画面は過剰にけばけばしく、奥行きがまったくない。<br />
それは「夢」の中で見る世界の特徴だ。<br />
これは夢なのだ。<br />
たぶん９０歳くらいになったスピード・レーサー翁が死の床で見ている（７０年ほど前の、まだ「自動車」というものがトランスポーターとして存在していた時代を回顧する）夢なのだ。<br />
夢に固有の非現実感と浮遊感がそこにはあった。<br />
そういう感じのものをちょっと読んでみたくなったのである。</p>]]>
      
   </content>
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   <title>パイレーツ・オブ・チャイナ</title>
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   <published>2008-07-01T00:12:57Z</published>
   <updated>2008-07-01T00:23:00Z</updated>
   
   <summary>日本文藝協会というところに入会したので、会報が送られてくる。 文藝協会はたぶんも...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
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      <![CDATA[<p>日本文藝協会というところに入会したので、会報が送られてくる。<br />
文藝協会はたぶんもともとは寄る辺なき文士たちの相互扶助組織として発生したものではないかと思う。<br />
「寄る辺なき人々」のための相互扶助・相互支援組織というのはたいせつな中間共同体である。<br />
しかし、文藝協会の最近のメインの仕事は著作権の管理である。<br />
私はこれがどうにも、「なんか違うんじゃないか」という気がしてならないのである。<br />
いま著作権の保護期間は５０年である（これを国際標準に合わせて７０年に延長することを協会は求めている）。<br />
著作者が死ぬと、著作権はその親族に継承される。<br />
だから、文藝協会の会員も相当数は操觚の人ではなく、著作権継承者の方々である。<br />
著作者自身が自分の書き物について、その使途や改変について「ちょっと、それは困るわ」という権利を留保することは許されると思う。<br />
文章が書き換えられて、それに自分の名前がつけられて流布しては困るからだ。<br />
けれども、著作権継承者にはそのような権利はあるのだろうか。<br />
もちろん、著作権継承者は著作者の死後も印税をしばらくの間受け取り続ける権利はあると思う。<br />
だって、印税収入が家計を支えていた場合には、著作者が死んだら、いきなり家族が路頭に迷ってしまうからである。<br />
それはあまりに気の毒である。<br />
もとが「寄る辺なき文士の相互扶助」組織である以上、遺族の生活をたいせつに考えるという発想は重要である。<br />
でも、著作権の継承ということと、印税の受け取りということは、次元の違う話ではないだろうか。<br />
印税収入に依存していたライフスタイルを保証するということと、作品についてのもろもろの「権利」を委ねるということは別の話ではないか。<br />
著作権継承者にテクストの用途や改変についての許諾権まで認めるのは、なんだか筋が違うような気がする。<br />
著作物には「商品」という側面と、「創造物」という側面がある。<br />
「商品」には市場があり、需給関係がある。それでビジネスをする人もいる。それはそれで結構なことである。<br />
なぜなら、それが私たちのクリエーションの意欲を強めるからである。<br />
けれども、「創造物」には市場も需給関係もビジネスもない。<br />
それは人類が共有すべき「パブリックドメイン」である。<br />
著作権の保護期間が切れるというのは、テクストが「商品」的性格を失い、「創造物」のカテゴリーに移行する、つまり「私有財産」から「共有財産」に変じることである。<br />
すべての創造の「落ち着くべき先」は誰の所有にも属さない人類共有の財産となることである。<br />
創造に短期的に商品性を噛ませるのは、そうした方が「共有の財産」が富裕化するからであり、それ以外の理由はない。<br />
しかし、いまの著作権をめぐる議論を見ていると、論は作品の「商品性」に焦点化し、そこから誰がどれだけ多くの利益を引き出すのかということに軸足が傾き過ぎているように私には思われる。<br />
「創造されたものの共有」のたいせつさを言い立てる人々のうちにさえ、「パブリックドメイン」にすることを手前のビジネスチャンスだと考えている人がしばしば見受けられる。<br />
右を見ても左を見ても、なんだかみんな「金」の話ばかりしているような気がする。<br />
そういうことでよろしいのか。</p>

<p>井上雄彦さんとお話ししたときに、中国における海賊版の話になった。<br />
『スラムダンク』を知らない子どもはいないくらい井上作品は中国でも読まれているけれど、中国の代理店から知らされる発行部数は「嘘でしょ」というくらいの数字だそうである。<br />
市場に流布しているもののほとんどは海賊版である。<br />
この場合、「究極の選択」は次の二つである。<br />
（１）	著作権法を厳密に適用して、すべての海賊版を市場からも個人の書棚からも撤去し、正規の刊行物以外の発行流通所有を認めない。<br />
（２）	もう、好きにしてくれと放っておく。<br />
私は（２）でいいんじゃないですかと井上さんに申し上げた。<br />
海賊版『スラムダンク』が中国で数十億部売れ、若い中国人の中から井上雄彦を神と崇めるファンや井上フォロワーが続々と出現して、つねに熱いまなざしで井上さんの作品を待ち望んでいる・・・という状態になったときに、そのレスペクトは必ず「井上さんに『私、大ファンなんです』というメッセージを届かせたい」というかたちを取るはずである。<br />
とりあえずそれは海賊版を退けて、印税が確実に井上さん自身に届くエディションを購入するという行動を通じて表現されるだろう。<br />
楽観的すぎるかもしれないけれど、私はそう信じている。<br />
井上さんの本は『スラムダンク』も『バガボンド』も『リアル』も、どれもビルドゥングス・ロマンである。<br />
すべてに共通するのは「激しい負荷の下で、短期的に、一気に成長することを強いられた少年の成長譚」という話型である。<br />
私は井上さんの描く物語を世界中の少年たちに読んで欲しいと思っている。<br />
彼らが成長することにこれらの物語が資するなら、それによってこの世界は少しずつ住みやすいものになってゆくはずだからである。<br />
そのとき海賊版を刊行したり読んだりする商習慣もいつのまにか消えているだろう。<br />
それは「大人のすること」ではないからだ。<br />
迂遠かもしれないけれど、私は中国で著作権法が厳格に適用されることよりも、一冊でも多くの井上作品が一人でも多くの中国人読者に読まれることの方が、中国を「今より住みよい場所」に変える上では有用だろうと考えている。<br />
井上さんの本にはそれくらい強い教化的な力がある。<br />
井上さんは、「そういう考え方もあるんですね」と微笑していた。<br />
</p>]]>
      
   </content>
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   <title>天才バガボンド</title>
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   <published>2008-06-30T02:13:07Z</published>
   <updated>2008-07-03T14:42:30Z</updated>
   
   <summary>ひさしぶりの週末。 土曜日は朝寝してから、『日本辺境論』の続きを書き続ける。 網...</summary>
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      <![CDATA[<p>ひさしぶりの週末。<br />
土曜日は朝寝してから、『日本辺境論』の続きを書き続ける。<br />
網野善彦さんの『「日本」とは何か』（講談社、２０００年）の中に富山県を中心とした正距方位図が掲載されている。<br />
南北が逆転したこの地図が与える印象は私たちが見慣れた地図がもたらすものとまったく違う。<br />
この地図のもたらす印象について、網野さんはこう書いている。<br />
「この地図からうける印象はまことに新鮮で、ふつうの世界地図の中の日本列島とはまったく異なるイメージをうけとることができる。<br />
なにより、サハリンと大陸の間が結氷すれば歩いて渡れるほど狭いこと、対馬と朝鮮半島の間の狭さ－晴れた日には対馬の北部が朝鮮半島がはっきり見えるほどの狭さを視覚的に確認することができる。そして日本列島、南西諸島の懸け橋としての役割が非常にはっきり浮かび上がり、『日本海』、東シナ海は列島と大陸に囲まれた内海、とくに『日本海』はかつて陸続きだった列島と大陸に抱かれた湖のころの面影を地図の上に鮮やかにとどめている。<br />
そして、この地図を見ると、北海道、本州、四国、九州等の島々を領土とする『日本国』が、海を国境として他の国と隔てられた『孤立した島国』であるという日本人に広く浸透した日本像が、まったくの思いこみでしかない虚像であることが、だれの目にもあきらかになる。」（同書、３６頁）<br />
さいわい、今はｇｏｏｇｌｅ　ｅａｒｔｈでこのような「ふだん見慣れない地図」をいくらでも見ることができる。<br />
ふと思い立って、「カナダを中心とした正距方位図」を見てみることにする。<br />
ハドソン湾が世界の中心にあるカナダ地図が与えるカナダの印象は私たちがこれまでカナダに対して持ってきた印象を一変させる。<br />
私たちが見慣れている世界地図上のカナダは「アメリカの北になんとなく『おまけ』みたいにくっついている国」にしか見えない(カナダのみなさん失礼を申し上げました。別に他意はないんです)。<br />
しかし、カナダを中心にした世界地図を見ると、この国がアイスランドを経由地にして、イギリス本土を「目と鼻の先」にあること、グリーンランドからスバルバール諸島と島伝いに進めばノルウェーとは指呼の間であることが知れる（その代わりに、アメリカ合衆国は「カナダの南になんとなく『おまけ』みたいにくっついている国」にしか見えない）。<br />
「カナダを中心にした世界地図」を見ると、カナダは明らかに「ヨーロッパの地続き」であり、アメリカ合衆国はどちらかというと「カナダ経由でヨーロッパとつながっている未開発地」のように見えるのである。<br />
たしかに、この印象は北米植民史を徴するなら間違っていない。<br />
北米大陸へのヨーロッパ人の進出はヴァイキングに始まるとされているが、彼らは今から１０００年前に、ノルウェーのフィヨルドから船を出して、アイスランド経由でニューファンドランド(文字通り「最近発見された土地」)に到達したのである。<br />
大航海時代に英国王が派遣した探検家がカナダを「発見」してから、この地に「ヌーヴェル・フランス」という巨大なフランスの植民地が成立する。<br />
この植民地はハドソン湾からメキシコ湾にわたる含む北米全域を覆っていた（戦費に窮したナポレオンはこの植民地をアメリカ合衆国に二束三文で売り払ってしまった。アイオワ、アーカンソー、オクラホマ、カンザス、コロラド、サウスダコタ、テキサス、ニューメキシコ、ネブラスカ、ノースダコタ、ミズーリ、ミネソタ、モンタナ、ルイジアナ、ワイオミングの15州にまたがる地域をナポレオンはわずか1500万ドルでアメリカ合衆国に売却したのである）。<br />
だから、「カナダを中心とした地図」を見ると、北米開拓は「カナダから始まり、もともと北米大陸の大部分は「カナダ」のものであり、カナダこそが北米大陸の中心であり、開拓の起点であり、アメリカこそがその偶有的な派生物のように見えたとしても少しも不思議はない。<br />
国民国家の自己幻想に「自国を中心として描かれた世界地図」が深く関与していることを教えてくれるという点でｇｏｏｇｌｅ　ｅａｒｔｈはきわめて教育的なツールであると思う。大瀧詠一先生が「僕が『ポップス伝』でやりたかったことはこれなんだよ」と嘆息せられていたのもむべなるかな。<br />
合気道の稽古のあと例会。<br />
三戦三敗。ついに通算勝率が１割を切る。<br />
ノーコメント。<br />
日曜は朝から守口市にてめぐみ会寝屋川支部の集まりにお呼びいただき、講演。<br />
めぐみ会の講演では、神戸女学院がいかにすてきな学校であるかを話せばよいので、気楽である。<br />
サンテレビで阪神タイガースの解説をするようなものである。<br />
あなたのおっしゃることに客観的論拠はあるのかというような野暮を言う人はこの場にはおられない。<br />
それにこういう講演は事実認知的なものではなく、遂行的なものである。<br />
私の講演をきかれた同窓生のみなさまが「ほんと私たちの卒業した学校って、いい学校だったのね」と深く確信せられて、ますます大学に対する愛とロイヤルティを高めてくださるならば、私の講演内容はますますその現実性を高めるのである。<br />
「阪神タイガースは優勝します」と無根拠に断言する方が断言を控えるより阪神タイガースの優勝に資するところが大きいのと一般である。<br />
お昼ご飯を食べておしゃべりしているうちにたちまち時間となり、慌てて電車で芦屋に移動。<br />
日曜だけれど、柔道場がとれたので、二日続きでエクストラのお稽古。<br />
本日はスペシャルゲストに井上雄彦さんが登場。<br />
新潮社の『考える人』の対談シリーズ「日本の身体」で井上さんと対談することになっていたのだが、せっかくだからいっしょに合気道のお稽古をしてみたいというお申し出をいただいたのである。<br />
わお。<br />
土曜日に井上さんが来られるので、粗相のないようにご配慮くださいという簡単なお知らせメールを甲南合気会幹部にだけ出したのであるが、たちまちのうちに、燎原の火のごとく「井上雄彦先生来芦」の報は全会員に伝わり、開場前からすでに列を作って待っている。<br />
井上さんはもともとバスケットマンであり、『バガボンド』のために空手を習い始めて、その有段者でもあるので、道着姿がたいへんつきづきしい。<br />
井上雄彦さんです、とご紹介すると「おおおお」と地鳴りのようなどよめきが道場を聾するのであった。<br />
井上さんのための「スペシャルメニュー」で３時間汗をかく（蒸し暑かったですものね）。</p>

<p><a href="http://blog.tatsuru.com/photo/2008062901.jpg"><img alt="井上雄彦さんを囲んで" src="http://blog.tatsuru.com/photo/2008062901-thumb.jpg" width="320" height="240" /></a><br />
<span class="photo-caption">井上雄彦さんを囲んで</span></p>

<p><a href="http://blog.tatsuru.com/photo/2008062902.jpg"><img alt="井上雄彦さんを囲んで" src="http://blog.tatsuru.com/photo/2008062902-thumb.jpg" width="320" height="240" /></a></p>

<p>みんな井上さんと稽古をしたいけれど、二人で組むのはなんとなく気後れがするらしく、掛かり稽古のときになると、井上さんのいる組にだけ人がわらわらと集まってくる。<br />
井上さんは合気道は見るのもやるのもはじめてであるということで、最初のうちはとまどっておられたけれど、終わりの頃にはずいぶん動きがなめらかになってきた。<br />
稽古終了後、井上雄彦サイン大会。<br />
一人一冊までと厳命していたが、ほとんど全員が本や色紙を携えて来たので、全員にサインするまで２０分くらいかかってしまった(井上さん、ありがとうございました)。<br />
今回のコーディネイターの橋本さんと足立さんは「先生、もうタクシー来てますけれど・・・もう、シロートはこれだから」というややイラツキ気味の目でサイン待ちの列をみつめていたが、この二人も実はこっそり「サイン本」を用意して井上さんにサインしてもらう機会を窺っていたことがその後に判明した。<br />
河岸を御影のペルシエに替えて、井上さんと対談。<br />
現代日本を（というよりすでに世界を）代表するマンガ家と「マンガ」について語るというマンガ・アディクトにとっての極楽的機会である。<br />
「マンガとは何か？なぜ、マンガは日本に発祥し、マンガのイノベーションは日本のマンガ家たちだけによって担われているのか？」という学問的問いから「、『バガボンド』はこれからどうなるのですか？」というミーハー的問いまで、どんな質問にも井上さんはたいへんていねいに、ゆっくり考えながら答えてくださった（ほんとうによい人である）。<br />
井上さんからの質問は合気道について、伝書について、剣の理合について。<br />
こちらも知る限りのことをお答えする。<br />
私が『ＢＲＵＴＵＳ』で武道的な理想の達成の絵画的表現として取り上げた二つの絵（武蔵が雪だるまを両断する場面と、蓮華王院で無刀のまま伝七郎に突き当たる場面）は井上さん自身にとっても「もっともうまく描けた絵」だとうかがって、なんだかすごくうれしくなった。<br />
この絵のどこがいいのか自分でもわからないんだけれど、すごくうまく描けたという気がしたと井上さんは自作を評していた。<br />
同じように登場人物たちの語った言葉も描いているときは、「この言葉しかない」と確信して描いているのだけれど、何ヶ月か経って読み返してみると「謎めいていて、自分でも意味がわからない」ということあるそうである。<br />
その言葉を聴いて、この人はほんとうに天才だと思った。<br />
それまで４時間黙々とサーブしていたペルシエのシェフが最後にたまりかねて「井上さん！大ファンなんです。サインしてください！」とメニューを差し出した。井上さんはにこやかにそこに武蔵の横顔を描いた。<br />
井上さんほんとうに一日ありがとうございました。また遊びに来てくださいね。<br />
エディターチームのみなさんもお疲れさまでした！</p>

<p>追記：ブルータス副編集長の鈴木さんが稽古風景を写真に撮ってくれました。<br />
<a href="http://fukuhen.lammfromm.jp/">http://fukuhen.lammfromm.jp/</a></p>]]>
      
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   <title>情報を抜く</title>
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   <id>tag:blog.tatsuru.com,2008://1.1839</id>
   
   <published>2008-06-27T23:49:30Z</published>
   <updated>2008-06-28T00:01:59Z</updated>
   
   <summary>クリエイティヴ・ライティングの今週の宿題は「情報を抜く」。 ものを書く上での「情...</summary>
   <author>
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   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tatsuru.com/">
      <![CDATA[<p>クリエイティヴ・ライティングの今週の宿題は「情報を抜く」。<br />
ものを書く上での「情報を抜く」ということの重要性を指摘した人にかの橋本治先生がいる。<br />
橋本先生はこう述べておられる。</p>

<p><em>自分が生きている限り、自分の身近にはまともな生活圏があるんだから、そのことは考えなくてよくて、そこから外れたときにどう生きるかという考えをしなくちゃいけないから、外れたところにいる人のことを考えるしかないということなんじゃないのかなあ……。俺、高校のときにいっぺん外れちゃったから。<br />
それで、自分の居場所ってどこなんだと。<br />
知らない人のいるところで生きていくしかないから、じゃあその知らない人をとりあえず考えてということだと思うし。<br />
あと、自分と違う人のほうがわかりやすいんですよね。<br />
『桃尻娘』を書くときに、こっちが二十七、八じゃないですか。主人公は十五だったでしょう。<br />
何が違うかというと、男と女が違うと考える前に、彼女は俺より十二年若いんだ。とすると、俺が知っている十二年分、彼女が知らないんだな。そういう引き算をしちゃったんです。<br />
たとえば、自分が高校生だったときに好きだった歌を彼女は知らないはずだというふうにすると、じゃ代わりに彼女が好きなのはなんだろうと。<br />
そういうふうに抜いて代入していくと、パーソナリティーが出来てくるんです。</em></p>

<p>これは今秋発売の『橋本治と内田樹』の一節における橋本先生のご発言である。<br />
すごいことをさらりとおっしゃいますね。<br />
私はこれを聴いて、改めてこの人はほんものの天才だと思った。<br />
私たちはほとんどの場合、人を理解するということを情報を「加算」することで達成しようとする。<br />
その人の育成環境や学歴や既往症や交友関係や読書傾向など、とにかくできるだけたくさん情報を蓄積してゆけば、その人についてより正確で適切な理解に達するだろうと考えている。<br />
それはほとんどの場合、理解を深めることには資さない。<br />
他人を理解するというのは、多くの場合「情報を抜くこと」でしか達成されない。</p>

<p>ボーヴォワールの自伝には、１９５０年頃のパリの知識人たちの中に共産党入党者が激増した話が出てくる。<br />
「もうすぐソ連軍がパリを占領して、フランスが社会主義国家になる」という見通しがかなり広範に支持されていたからである。<br />
勝ち馬に乗ろうとしたのである。<br />
私たちは「何を愚かな」と嗤うけれど、これは嗤う私たちが間違っている。<br />
私たちは１９５０年時点のヨーロッパにおけるスターリンの神話的威信とソ連の軍事力に対する畏怖を適切に追体験することができない。<br />
そのわずか５年前までパリはドイツ人たちが支配しており、彼らと通じたフランス人たちはそのとき「我が世の春」を謳歌していたのである。<br />
同じことがもう一度起こることはありえないと断言できる人がどれほどいたであろうか。<br />
アルベール・カミュはそのときにはフランスを捨てる覚悟を決めていたようである。<br />
私たちは１９５０年のパリの知識人たちのそんな不安と震えるような期待感を理解できない。<br />
それは私たちが１９６０年の党大会におけるフルシチョフのスターリン批判からのち独裁者の威信が地に墜ちたことを知っており、東西冷戦が最終的に社会主義陣営の総崩れに終わったことを知っているからである。<br />
情報があるせいで、理解できないことがある。<br />
過去においてつねに「未来は霧の中」なのであるが、「過去における未来」のうち「現在において過去になったこと」はその「霧」的要素を失ってしまう。<br />
それはもう「起きてしまったこと」なのである。<br />
「起きてしまったこと」が目の前にあるとき、「どうして、『このこと』が起きて、『それとは違うこと』が起きなかったのか？」と問うことはきわめてむずかしい。<br />
私たちは「起きてしまったこと」の宿命性をつねに過大評価するからである。<br />
繰り返し引く例で恐縮だが、「縄文時代の世田谷区民」という言い方がナンセンスであることはすぐわかる。<br />
世田谷区という行政単位の出現は１９３２年であるから、「世田谷区民」の存在はそれ以前には遡らない（その前には「世田谷村民」や「荏原郡民」がいた）。<br />
しかし、「縄文時代の日本人」という言い方には私たちはあまり違和感を覚えない。<br />
でも、これは「違和感を覚えない」私たちの方がおかしい。<br />
日本という政治単位が成立したのは６８９年である。<br />
飛鳥浄御原令で天皇の称号とともに国号が正式に定められた。<br />
だから、「日本人」の存在はそれ以前には遡らない。<br />
もちろん、それ以前にも列島には住民がいたが、彼らは「日本人」ではない（網野善彦さんは「倭人」という呼称を提案している）。<br />
彼らはまさかその１３００年あとに「こんなこと」になるとはまったく予測していなかったはずである。<br />
倭人の眼に列島や大陸の風景がどう映じていたのか、列島の未来をどんなふうに考えていたのかを、「日本人」の視点から理解することはむずかしい。<br />
１３００年分の「情報」を抜かないと、おそらく理解は及ばない。</p>

<p>実際に「情報を抜く」のはきわめて困難である。<br />
けれども、理解も共感も絶した他者を理解したいと望むなら、自分の予断を形成している「情報を抜く」ことが必要であるとわきまえておくだけとりあえずは十分だろう。<br />
というわけで、宿題は「２００３年６月２６日の日記」である。<br />
君たちの５年前のある一日の日記を書いてきなさい。<br />
もちろん、中学生時代の日記をほんとに出してきて書き写したりしちゃダメだよ。<br />
そうではなくて、自分で考えるのである。<br />
それからの５年間に自分の身に起きたことを「知らないこと」にして、それによって形成されてしまった価値判断の基準や、好悪や美醜の傾向を「リセット」するのである。<br />
どうしてそんなことをするのかというと、君たちの中には「今の君たちが忘れてしまった自分／今の君たちのことを知らない自分」がいることを思い出して欲しいからだ。<br />
そして、彼女たちに言葉を与えてやってほしい。<br />
どんな日記が出てくるのか楽しみである。</p>]]>
      
   </content>
</entry>
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   <title>恐るべしプーペガール</title>
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   <published>2008-06-25T02:57:05Z</published>
   <updated>2008-06-25T02:57:20Z</updated>
   
   <summary>「プーペガール」についてゼミ発表を聴く。 初耳である。 サイバーエージェントとい...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tatsuru.com/">
      <![CDATA[<p>「プーペガール」についてゼミ発表を聴く。<br />
初耳である。<br />
サイバーエージェントというところがはじめたＳＮＳで、いうならば「電脳着せ替え人形」である。<br />
ちょっと前に流行った「セカンドライフ」と似ていて、ヴァーチャル通貨で、ヴァーチャルなお洋服やアクセサリーを購入して、自分の「アヴァター」である｢プーペ｣(フランス語で「人形」のことである)のワードローブに加えて、毎日着せ替えて、それを自分のお部屋に展示する。<br />
そのコーディネイトを見て、「あら、すてきね」と思ったヴィジターは「すてき」ボタンを押したり、コメントをつけたりする。<br />
すると、プーペの所有者にヴァーチャル通貨（単位は「りぼん」）が入金する。<br />
つまり、センスのいいお洋服やアクセサリーや化粧品をたくさん持って、それをまめに着せ替えている人はどんどん(ヴァーチャル)お金持ちになり、ろくな服を持っていない人で、着せ替え頻度も少ない人は、誰にも相手にされないので、どんどん貧乏になって、最後はアヴァターが下着一枚になってしまう・・・というゲームである。<br />
それのどこが面白いのか？とお訊ねの向きもあるだろう。<br />
第一、どこがＳＮＳなのか、と。<br />
この遊びのすごいところは、着せ替え人形の｢プーペ｣ちゃんが着る服は、生身の人間であるところの所有者ご自身のワードローブの質量に相関する、というところである。<br />
つまりですね、人間の方は自分のクローゼットの中の服を写真に写す。<br />
それがどのブランドの商品であるかを明示してメールで送る。<br />
すると、サイバーエージェントは、そのブランドと同じブランドの「テイストの似た商品」を｢プーペ｣ちゃんのクローゼットに贈ってくれるのである。<br />
たとえば、人間が自前のピンクのワンピースの写真を送ると、ピンクの口紅がプーペちゃんの所有物リストに加わる。<br />
意味、わかります？<br />
「自前の」というところが味噌である。<br />
現実の自分のクローゼットにさまざまなブランドの衣装が詰まっている人だけが、アヴァターの「プーペ」ちゃんに、さまざまなブランドの衣装を着せ替えすることができるのでる。<br />
その点が、従来型の｢アヴァター｣ものとまったく異なる。<br />
アヴァターたちは純粋な「妄想」である。<br />
アヴァターに自己投影している現実の人間のありようとは何の関係もない。<br />
だから、男性が女性のふりをしたり、子どもが大人のふりをしたり、へなちょこ野郎がタフガイぶったりできる。<br />
「プーペ」ちゃんは違う。<br />
現実のクローゼットにぎっちりブランドものの衣装がひしめいている人だけが、おしゃれな「プーペ」ちゃんを所有することができる。<br />
これがサイバースペースの原理を根源的に転倒していることがおわかりいただけたであろうか。<br />
サイバースペースでは、誰でも、固有名を隠したまま、誰かのふりをすることができる。<br />
それが固有名で生きている場所では許されないさまざまなふるまいを可能にした。<br />
すばらしいことだ。<br />
と、みんな思った。<br />
ずっと、そう思っていた。<br />
そして１０年ほど経って、「これ、あんまりすばらしくない」ということに人々は気づき始めた。<br />
だって、「固有名を隠した、まま誰かのふりをした」人々のふるまいが「みんなそっくり」になってきたからである。<br />
現実世界では「凡庸で目立たない人間」が、サイバーワールドでは「非凡で際立った人間」になれるとみんなが信じて、みんながそろって「非凡で際立った人間」のふりをしたら、全員「そっくりさん」になってしまった。<br />
あらまあ。<br />
サイバーワールドで「非凡で際立った人」とみなされる人たちはなんと「個体識別不能」だったのである。<br />
サイバーワールドでも、やっぱり個体として認知されたいという人たちがＳＮＳというものを作り出した。<br />
それはニーズに応えるものだった。<br />
とりあえず｢ゲート｣を作って、身元のわからないやつらは入れないコミュニティを作ったのである。<br />
でもmixiのコミュニティはたちまちのうちに巨大化してしまった。<br />
どれほど身元がたしかで、それぞれは個性的な人たちが集まっても、集団のサイズが大きくなりすぎると、個体識別はやっぱりできなくなる。<br />
そこで登場したのが「プーペガール」である。<br />
このSNSには、現実のクローゼットにセンスのいいブランドものの衣装がひしめいている人しか参加できない。<br />
これほど高い参入障壁をネット上に構築したのはおそらく前例がないであろう。<br />
そればかりか、そこでは他の参加者たちから「すてき」という承認を得続けないと、アヴァターは貧困化してしまうのである。<br />
実際には「りぼん」をクレジットカードで購入できるので、お金持ちは自分の「プーペ」ちゃんをいくらでも衣装持ちにできるけれど、誰からも「すてき」といわれない「プーペ｣ちゃんは、『天人唐草』（＠山岸涼子）状態になってしまうのである（おお、テリブル！）。<br />
すごい世界でしょ。<br />
ネット上の商売にはこれまでつねに広告代理店が絡んできた。<br />
ページヴューが増えれば広告が取れる。<br />
だから、参加している人の数が多ければ多いほど、ネット上のSNSは金になる。<br />
そういうシンプルな掛け算で代理店はネットビジネスを考えてきた。<br />
けれども、「プーペガール」はその逆目を張った。<br />
入り口のハードルを思い切り高く設定したのである。<br />
参加者が限定されているブランド情報に関するSNSであり、かつそこに代理店が絡んでいないとなると、これが何を代替して機能するか、もうおわかりであろう。<br />
そう、これは「ファッション雑誌」の代替物なのである。<br />
それも、「ファッション雑誌から、広告出稿主への阿諛のバイアス」を抜いた、『暮らしの手帖』みたいなファッション雑誌なのである。<br />
ここには現代日本で最先端を自認する「ファッション・ピープル」（ざっと３万人がところ）が集まって、ファッション情報を共有している。<br />
この人たちの願いは「これ以上仲間が増えないこと」である。<br />
だって、そうでしょ。先端的なファッション・リーダーが３００万人もおられては、リーダーの意味がないじゃないですか。<br />
これ以上仲間を増やさないことをめざすSNS。<br />
これは正しい。<br />
ネット上では絶対に作れないものが一つあると私は思っていた。<br />
それは「秘密結社」である。<br />
ネット上で仲間を集めようと思ったら「みなさん、秘密結社を作りませんか？」というアナウンスをすることが不可避であるが、その段階でもはや「秘密」結社ではなくなっている。<br />
しかし、社会活動のうちのもっとも基幹的な部分は、実は「秘密結社」が担っているのである。<br />
これに近い活動をどうやってネット上で展開するのか。私はそれに興味があったのだが、｢プーペガール｣によって、新たな可能性の方向を知ったのである。<br />
そして、前日に１４０Bで江さんたちが言っていた「情報誌は遠からず全部つぶれますわ」という予言との共鳴する徴候をも感じたのである。<br />
</p>]]>
      
   </content>
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   <title>片付かない仕事と片付かない気分</title>
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   <published>2008-06-24T01:05:10Z</published>
   <updated>2008-06-24T01:15:50Z</updated>
   
   <summary>ゼミの学生に「先生の本で、『退屈でごめんなさい』という新書が読みたいんですけど、...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tatsuru.com/">
      <![CDATA[<p>ゼミの学生に「先生の本で、『退屈でごめんなさい』という新書が読みたいんですけど、どこの本屋にもないんです」と不満顔で言われた。<br />
そんなタイトルの本は出していないぞ。<br />
「もしかして、『態度が悪くてすみません』じゃないの？」<br />
あ、それです。<br />
そういう話はよくある。<br />
知人が本屋に行って、「『親父の言い訳』という本あるかな」と訊いたら、書店員がにっこりわらって『父の詫び状』を取り出したという話を聴いたことがある。<br />
佳話である。<br />
こういうデタラメな検索はコンピュータにはできない。<br />
もうすぐいろいろ本が出る。<br />
いちばん早いのはバジリコから出る『こんな日本でよかったね』<br />
これはいつものブログ・コンピ本である。<br />
ゲラを読んだら、いつものようにたいへん面白かった（という夜郎自大な態度もいつものことだが）。<br />
いや、ほんとに。<br />
そのゲラを送り出してすぐにレヴィナスの『困難な自由』のゲラを送り出し（これで校了）、さらに筑摩書房に『橋本治と内田樹』のゲラを返送した。<br />
私はなんと５月からあとすでに３冊校了したのである。<br />
その間に広島の講習会と全日本の合気道演武会と東大五月祭と志木合気会の演武会と本部の研修会に出て、講演を３回やって、法政大学で講義をやって、池上六朗先生とシンポジウムをやって、井上雄彦さんにインタビューして、橋本治さんと関川夏央さんと鼎談して、山折哲雄先生と対談して、養老孟司先生と対談して、インタビューを４回受けて、結婚式に２回出て、能舞台で『菊慈童』の盤渉楽を舞って、原稿を２００枚くらい書いた。もちろんほぼ毎日大学に出勤して、授業をやって、会議に出て、合気道と杖道の稽古をしているあいだに、である。<br />
これでまだ生きて息をしているのが不思議なくらいである。<br />
昨日は会議を一つ、授業を一つしたあと、１４０Ｂの株主総会。<br />
株主なので平川くんも東京から来ている。<br />
二期が終わって黒字が出たので、株主に配当がいただけるそうである。らつきい。<br />
そのあとスタッフもまじえて懇親会。<br />
そのあと平川くんのラジオ・カフェのためのラジオの収録。<br />
話すのは、平川くんと、江さんと、釈先生（は株主じゃないけど）と私。<br />
テーマは「秋葉原無差別殺人事件」。<br />
この事件をできあいの社会理論のナラティヴに落とし込まないために、いったいどうすればいいのかについて、四人であれこれと知恵を絞るが、この四人で考えても「どうしていいかわからない」という結論になる。<br />
つまり、私たち自身がこういう事件を生み出す社会的な素地の形成に加担してきたということである。<br />
「この事件の原因は要するに・・・なんですよ」というようなチープでシンプルな語り口そのものがこの事件の加害者が自分について作り上げた「チープでシンプルなナラティヴ」の鋳型になっているのである。<br />
私たちはもちろんつねに説明を求める。<br />
因果関係の考究を断念するということは人間知性にはありえない。<br />
けれど、おのれの知性の活動が「同一の話型の繰り返し」以上のものになっているのかどうかを自己点検することは、きわめて、ほとんど絶望的に困難である。<br />
というのは、私たちの知性は(あらゆる技芸の習得と同じく)「同一の話型の繰り返し」によってしか、そのパフォーマンスを上げる方法を知らないからだ。<br />
同じ話を繰り返す。<br />
あらゆる出来事を手持ちの「チープでシンプルなナラティヴ」に流し込む。<br />
それが私たちの知性の活動の基本的なかたちなのである。<br />
おろかなことである。<br />
このピットフォールから脱する唯一の手がかりは、「でも、すごくたいせつなことがこのナラティヴでは語り切れずに残っているような気がする」という知的な残尿感（ひどい比喩だけど）を覚えることである。<br />
その感覚以外に、同一のナラティヴのリフレインから抜け出す手がかりはない。<br />
だから、私たち四人はいずれもたいへん「片付かない顔」をして分かれたのであるが、この表情がこの論件についてさしあたり私たちがとりうる唯一の誠実な意思表示なのである。<br />
収録が終わると１１時。<br />
こんな生活してたら、ほんとに身体がもたない。<br />
</p>]]>
      
   </content>
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   <title>忙しい週末　once again</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.tatsuru.com/2008/06/23_0906.php" />
   <id>tag:blog.tatsuru.com,2008://1.1831</id>
   
   <published>2008-06-23T00:06:07Z</published>
   <updated>2008-06-23T00:06:38Z</updated>
   
   <summary>金曜日はゼミのあと、会議が二つ。それから温情会。今回は大阪ヒルトン。 温情会とい...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tatsuru.com/">
      <![CDATA[<p>金曜日はゼミのあと、会議が二つ。それから温情会。今回は大阪ヒルトン。<br />
温情会というのは学校法人神戸女学院の教職員の懇談会である。日ごろあまり会う機会のない、中高部の先生がたや、法人の職員のみなさんとテーブルを囲んで会食をするのである。<br />
このところいろいろな用事とバッティングしていたので、出るのは久しぶりである。<br />
今回はイタリアン。<br />
音楽学部の先生がたと同じテーブルになる。右隣が斉藤言子先生で、左隣が島崎徹先生。<br />
左右に首を振りながら、ワイン片手にずっとしゃべり続ける。<br />
岡田先生のピアノをはじめて聴く。<br />
すばらしい。<br />
眼福という言葉があるが、これは耳福。<br />
週末は東京。<br />
新宿住友ビルで本願寺（こんどはお東さん）の市民講座。<br />
聴衆は１００人くらいの市民のみなさん。雨の中をお運びいただき、まことに申し訳ない。<br />
このところのテーマである「呪いのナラティヴ」について９０分お話する。<br />
私たちの時代に瀰漫している「批評的言説」のほとんどが、「呪い」の語法で語られていることに、当の発話者自身が気づいていない。<br />
「呪い」というのは「他人がその権威や財力や威信や声望を失うことを、みずからの喜びとすること」である。<br />
自分はいかなる利益も得ない。<br />
他人が「不当に占有している利益を失う」だけであるが、それを自分の「得点」にカウントする。<br />
久しくこのゼロサム的社会理論は左翼の思想運動において「政治的正しさ」の実現とみなされてきた。<br />
マルクスの労働価値説がそれでも人間的理説でありえたのは、「ブルジョワが不当に占有している利益」を「プロレタリアが奪還する」ことの正当性を挙証したマルクス自身がブルジョワであり、彼にその理論の構築を促したのが、１９世紀なかばのイギリスの児童労働者に対する「惻隠の情」だったからである。<br />
｢奪還論｣が人間的理説でありうるのは、「私のものをあなたは奪う権利がある」という話型で語りだされたからである。<br />
それは社会的リソースの分配についてだけ見れば、「おまえのものを私は奪う権利がある」という言い方でなされた場合と、結果的には同じことである。<br />
同じことだが、違う。<br />
祝福と呪詛ほどに違う。<br />
私たちの社会では、「他者が何かを失うこと」をみずからの喜びとする人間が異常な速度で増殖している。<br />
これはひとつには「偏差値教育」の効果であるとも言える。<br />
偏差値というのは、ご存知の通り、同学齢集団の中のどこに位置するかの指標であり、絶対学力とは何の関係もない。<br />
自分の偏差値を上げるためには二つ方法がある。<br />
自分の学力を上げるか、他人の学力を下げるか、である。<br />
そして、ほとんどの人は後者を選択する。<br />
その結果、私たちの社会では、偏差値競争が激化するのに相関して、子どもたちの学力が低下するという不可解な現象が起きている。<br />
子どもたちは自分の周囲の子どもたちの学習時間を減らすこと、学習意欲を損なうことについてはきわめて勤勉である。<br />
ほとんど感動的なまでに勤勉である。<br />
彼らは級友が失った学習時間や学習意欲を自分の「得点」にカウントする習慣をいつのまにか身につけている。<br />
だから、学習塾で学校より単元を「先へ」進んで学んだこどもたちは、学校の教科がさっぱり理解できない子どもたちと、「授業の妨害にたいへん熱心である」という点で似てくる。<br />
それは「教師の話を聴かないで、退屈そうにしている」という消極的なしかたで教室の緊張感を殺ぐことから始まり、私語する、歩き回る、騒ぎ立てる、というふうにエスカレートする。<br />
彼らがそれほど熱心なのは、それを「勉強している」ことにカウントしているからである。<br />
たしかに、彼らは級友たちの学習時間を削減し、学習意欲を損なうことには成功しているのである。<br />
だから、そのささやかな努力の成果は彼らの｢偏差値｣のわずかな上昇として現れることを期待してよいのである。<br />
競争が同一集団内だけで行われるのであれば、自分の学力を高めることと、他人の学力を下げることは、同じである。<br />
けれども、集団外にも世界は広がっている。<br />
全員がおたがいの学力を下げることに熱中しているうちに、日本の子どもたちの学力は国際的に下がり続けている。<br />
これを是正するために、教育行政は「さらなる競争を」の必要であることを主張しているが、もちろん、日本国内で競争圧力を強化した場合（成績上位者への報償を増やし、成績下位者への罰をより残酷なものにすることで）、学力はさらに下がり続けるのである。<br />
彼ら自身が「他人のパフォーマンスを下げること」を通じて、今日の地位を得たことを(無意識のうちに)知っている官僚たちが、「他人のパフォーマンスを上げる」方法を思いつくはずがない。<br />
これが「呪い」の効果である。<br />
９０年代からあと、日本社会では、ほとんどの批評的言説はつねに「呪い」の語法で語られてきた。<br />
私の書いているこの文章も例外ではない。<br />
批評性はつねに｢呪い｣に取り憑かれるリスクを負っている。<br />
だから、私たちは絶えず自分の言動のうちに含まれている「呪い」を「祓う」必要がある。<br />
呪いを祓うとはどういうことか。<br />
それについてお話をする。<br />
学士会館泊。<br />
早起きして、新幹線で大阪に戻る。<br />
リーガロイヤルで養老先生とＡＥＲＡのための対談。<br />
２時間半ほど、おしゃべり。<br />
エネルギーの話、環境の話、北京オリンピックの話、ラオスの虫取りの話、秋葉原の殺人事件の話、などなど先生の話頭は転々として奇を究めるのである。<br />
次回は８月２日、本学のオープンキャンパスに養老先生をお迎えして、「虫と人間」というお題でご講演をいただくのである。<br />
迎え撃つのはいつもの三人組（甲野、島崎、そして私）と、本学の誇る｢虫屋｣である遠藤先生。<br />
どんな展開になるか、今から楽しみである。<br />
昼酒でぼおっとして帰宅。<br />
桐野夏生『東京島』を読みながら眠る。</p>]]>
      
   </content>
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   <title>今週の宿題は</title>
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   <id>tag:blog.tatsuru.com,2008://1.1830</id>
   
   <published>2008-06-21T02:40:31Z</published>
   <updated>2008-06-21T02:47:32Z</updated>
   
   <summary>クリエイティヴ・ライティングの宿題は「葛藤」。 何が葛藤するかというと、「作家」...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tatsuru.com/">
      <![CDATA[<p>クリエイティヴ・ライティングの宿題は「葛藤」。<br />
何が葛藤するかというと、「作家」と「登場人物」が葛藤するのである。<br />
その消息を理解してもらうために、学生たちには二週間前に宿題として、「書いている途中で、視点が切り替わるテクスト」を選んできてもらった。<br />
ふつうは「神の視点」と「焦点的人物の視点」のあいだを行き来する。<br />
「ふざけたことを言うな」と貞夫は怒りの叫び声を上げた。その言葉が貞夫の運命を一変させることになった。<br />
なんていうのがあるでしょ。<br />
二番目のセンテンスで書き手の視点から見える空間的・時間的な眺望がいきなり広大になる。<br />
いまその出来事を経験しつつある当の本人が記述できる権限を超えてしまう。<br />
そういうのは「なし」ね、とかつてサルトルは言った。<br />
神の視点から登場人物たちの内面に勝手に入り込んだり、まだ起きていない出来事を先取りしたりするのは「フェアではない」というのである。<br />
なるほど、おっしゃるとおりである。<br />
しかし、複数の視点を往還し、さまざまな人物の内側に入り込んで、｢他者をその内側から経験する｣ことのうちに小説を読むことの愉悦は存する。<br />
サルトルが言ったのは複数の視点がダメということではなく、「神の視点」はダメ、ということである。<br />
その視点からの記述がひとりの人間の経験できることに限定されていれば、視点はいくらあってもオッケー。<br />
だから、サルトルは『自由への道』で次々と焦点的人物を入れ替え、彼ら彼女らのあいだをものすごいスピードで行き来して、同一の事件に複数の相があり、さまざまな解釈可能性があることを示した。<br />
小説的には成功した。<br />
たいした力業である。<br />
ところが、いまは『自由への道』なんて読む人はほとんどいない。<br />
なぜか。<br />
それはサルトルが否定したはずの「神の視点」を物語の中に密輸入しており、そのことにサルトル自身が無自覚だったからである。<br />
自分が「表のドア」から追い出した「神の視点」を、「裏口」から導き入れたのである。<br />
サルトルが「神」に擬したのは「歴史の審判力」である。<br />
登場人物は複数だが、物語はシーケンシャルに進行する。<br />
そして、登場人物たちがそのつどの状況において行った「実存的」な選択の「正しさ」は、「それからあとに起きたこと」の歴史的意義に徴して査定される。<br />
共産党に入党すべきかどうかを思い悩む登場人物がいる。<br />
物語の舞台は大戦間期である。<br />
サルトルが『自由への道』を執筆した時点(１９４５年／４９年)においてはもう戦争は終わっており、「大戦間期に共産党に入党して、レジスタンス軍事行動をした人は歴史的に正しい選択をした」ということが「常識」になっていた。<br />
だから、入党をためらった登場人物の歴史的評価は「間違い」ということになる。<br />
たぶん、リアルタイムの読者はそういう評価「込み」でこの小説を読んだ。<br />
でも、サルトルがこの小説を書き終えたあと、フランス共産党はスターリン主義の評価を誤り、それまで享受していた圧倒的な国民的信認を失ってしまった。<br />
その場合、「入党しなかった登場人物」は、今度は「やはり先見の明があった」ということで｢名誉回復｣されるのだろうか？<br />
サルトルは別に物語内部的に「入党しなかった登場人物」を断罪したわけではない（ちょっとはしたけど）。<br />
１９４９年時点での政治的状況に鑑みて「正しい」選択が物語的にも正しい・・というような教条主義的な書き方をしていたら、サルトルはとうの昔にその名前さえ忘れられていたであろう。<br />
けれども、いま『自由への道』を読む読者は、なんとなく居心地の悪さを感じるはずである。<br />
「この登場人物たちが結局何者であり、その行為が正しかったかどうかは、そのつどの現代史を参照しないと、わからないの？こっちの世界で何か新しい政治的事件が起こって、歴史的事件の意味の解釈が変わるたびに、フィクションの中の人たちその毀誉褒貶を変じるわけ？」<br />
それって、やっぱり変ですよね。<br />
物語は物語としてとりあえずは完結していなくてはならない。<br />
物語外現実が変わるたびに、登場人物のしていることの当否や発言の真偽がそのつど変わられてはたまらない。<br />
サルトルは物語世界の中に｢神｣を置くことを拒否した。<br />
でも、その代わりに、物語世界の外に「歴史という名の神」を置いて、それに小説世界を統制する権限を委ねた。<br />
それは小説を読む経験をあまり豊かなものにはしなかった。<br />
と、私は思う。<br />
たぶん、みんなもそう思ったので、『自由への道』は顧みられなくなった。<br />
複数の視点のあいだを往還する、という小説構造は正しい。<br />
けれど、その複数の視点は「等権利的」であってはならない。<br />
物語の中が等権利的であると、物語の外に「神」が登場してしまうからだ。<br />
「神」はできれば物語の中にいていただきたい。<br />
エクリチュールを先へ進める複数の視点、複数の欲望のうちのひとつでありながら、他を圧倒するもの。<br />
それが｢神｣である。<br />
それは何か。<br />
ということで、学生たちがもってきた素材をいくつか読む。<br />
綿矢りさの『蹴りたい背中』を持ってきた学生がいた。<br />
ナイスなチョイスである。<br />
冒頭の部分を朗読する。<br />
よいね。<br />
どこがよいのか。<br />
直木賞受賞経験のある女流作家のものを持ってきた学生もいた。<br />
その冒頭を朗読する。<br />
う・・・ん、これはちょっと、ね。<br />
両者の何が違うか。<br />
あのね、綿矢さんはたぶんこの冒頭部分のところに最初はもう数十行多く書いていたと思う。<br />
女子高生が理科室で屈託しているところであるから、それを描写した記述があったはずである。<br />
どうして、意味もなくプリントをちぎるようになったのか、どこからプリントを取り出したのか、どうしてちぎるという行為を選択したのか、それについても、おそらく若干の説明もあったと思う。<br />
でも、書いたあとに、そういうところはざっくり削除した。<br />
削除すると、意味がとおりにくくなる。<br />
けれども、綿矢さんは、この部分は「あまり美しくない」と思ったのである(たぶん)。<br />
テクストが「表現」する意味の深さやメッセージの適法性よりも、その言葉の並びが造形的にあるいは音韻的に「美しいかどうか」を優先的に配慮せずにはいられないことがある。<br />
それがテクストの世界における「神」の機能である。<br />
｢何が書きたいのか｣よりも「どう書くか」の方をついつい気遣ってしまうこと。<br />
真理を語るつもりではじめたのだが、気がつくと、それをどう美しく語るかに夢中になってしまうこと。<br />
それがテクストを司る「神」である。<br />
ある種の書き手においては、この「神」がたいへん専横であり、ある書き手においてはそれほどではない。<br />
直木賞作家の書き物には残念ながら、「美しく書くことに夢中になっている」という狂気の気配が薄かった。<br />
体温の低い文体であることは、少しも悪いことではない。<br />
「体温の低い文体」というのもやはり書くことを完全に統御したいという「常軌を逸した」欲望の副産物である。<br />
世の中には「自分の狂気を完全に統御したい」という種類の狂気も存在するし、「審美性などに一歩も譲歩しない完全に合理的な秩序を達成したい」という欲望のかたちをとる「美的配慮」も存在する。<br />
けれども、「神」は無意識に機能しているときが、いちばんパフォーマンスが高いのである。<br />
「なんか、この形容詞、画数がうっとおしい」とか「あ、エの音が、続いている。きもちわる」とか、そういう内容と無関係なところでいきなり「神」は「厭なものは、厭」的に断固として介入してくる。<br />
それは美文を書くということとは違う。<br />
意識的な操作ではないからだ。<br />
ということでふたたび幸田文の『父』の一部を朗読する。<br />
『父』はただの看病日誌である。<br />
終戦直後の市川の夏の、やけるような暑さと、病人を介護することの心身の苦労と、物資の不足と、さまざまな生活上の不如意が書いてあるだけである。<br />
それなのに、読んでいると胸がどきどきしてくる。<br />
愉悦を感じる。<br />
美しいからである。<br />
美しく書こうというようなさかしらは書き手のうちに少しもないのに、美しい。<br />
それは「美しい」ということの規矩が身体化しているからである。<br />
みごとな身体所作をする人は、ただ立ちあがって、襖を開けて、するりと出てゆくだけで、吐息が出るほど美しい。<br />
サラ・ベルナールはレストランのメニューを読み上げただけで、同席していた客たちは感動の涙を流したという逸話がある。<br />
何度も書いたことけれど、「ヴォイス」を発見したジュード・ロウくんの場合は、ある日いつものように「死亡記事」を書いていたのだけれど、それを読んだ読者たちがあまりに面白くて、つい読みふけってしまった・・・ということがあって、編集長が「キミは今日から学芸の担当になってね」という配置転換の辞令がおりたのである（知らないけど、たぶん）。<br />
そういうものである。<br />
極端な話、素材なんかなんでもいいのである。<br />
美しければいいのである。<br />
というふうに「作家」は考える。<br />
でも、｢登場人物」は違う。<br />
彼らには彼らに固有の抜き差しならぬ「物語内的現実」がある。<br />
それを精密に記述し、それを彫琢し、読者に差し出し、その理解と支援を求めるという「仕事」が登場人物たちにはある。<br />
彼らは「真実」の再現を求める。<br />
作家は「美」への配慮ゆえに平気でそれをざっくり削り込むし、あることないこと書き足してしまう。<br />
すぐれた作品においては、フィクティシャスな人物たちが「真実」を求め、生身の作者が「なもん、どうだっていいじゃねーか」とぶつぶつ言いながら｢推敲」の暴力を揮う。<br />
それを私は冒頭で「葛藤」と申し上げたのである。<br />
「身体化した美の規矩」と「現実を圧倒しようとする虚構のリアリティ」がはげしく葛藤するときに、文学はそのパフォーマンスを最大化する。<br />
それを実現していると思われる作品を探してきてください。<br />
というのが今週の宿題。</p>

<p><br />
</p>]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>シンクロニシティと予告編と業務連絡</title>
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   <published>2008-06-20T06:18:14Z</published>
   <updated>2008-06-21T00:31:15Z</updated>
   
   <summary>驚いたことに『マンガ脳』という本が、ほんとうにあって、これが7月４日発売予定。 ...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tatsuru.com/">
      <![CDATA[<p>驚いたことに『マンガ脳』という本が、ほんとうにあって、これが7月４日発売予定。<br />
アスペクトという名の小さな出版社から出るのだが、その担当編集者がブログを見て、びっくりして本を送ってくださった。<br />
世の中には同じようなことを考えている人が何人かいるものである。<br />
書いたのは米山公啓さんという神経内科のドクター。<br />
作家でもあり、なんと年間１０冊、これまでに１８０冊本を書いているそうである。<br />
すごいね。<br />
著書に『右脳がいきいき蘇る本＋CD』、『脳が若返る３０の方法』、『脳がみるみる甦る５３の実践』など。<br />
タイトルから察するに、「脳がぐいぐい甦る」系のおはなしの好きな方のようである。<br />
なるほど。そうですか。<br />
まだ読んでないので、読んだら、感想をご報告します（しないかも知れませんけど）。<br />
このところずっと橋本治さんとの対談のゲラを直している。<br />
橋本文学の秘密を私が「徹子」となってさくさくと解明しようではないかというたいへん教化的な趣向のものである。<br />
山の上ホテルで橋本さんと時間を忘れてお話しをしたのは、もう３年ほど前のことで、内容をすっかり忘れていたが、ひさしぶりに読み返してみたら、たいへん面白かった。<br />
秋までには出ると思うので、「橋本治の文学と批評」について、その本質を知りたいと思う方はぜひお読みください。<br />
「ほうほう」とか「あははは」とかいう合いの手仕事は私の得意とするところなのであるが、実際に私はほとんど笑っているだけで、「共著者」を名乗るのが申し訳ないような本である。<br />
ちょっと予告編で一部お見せしますね。</p>

<p><em>内田　橋本文学のキーワードって、やっぱりそこですよね。音楽性というか、音ですね。<br />
橋本　うーん、音が聞こえないのと、絵が見えないのはダメなんです。<br />
内田　注文多いですね（笑）。音読するとわかるけど、橋本さんの文章って、音の選択がいいですね。だから、朗読しやすい。<br />
橋本『窯変源氏物語』って書きながら朗読してました。あまりにもかっこいいから（笑）。<br />
内田　そうか、やっぱり！　さっき『源氏物語』の漢字がきれいだとおっしゃったぐらいだから、字面のグラフィックのきれいな印象もあるし、あとは「……」とか空白とかのビジュアルも駆使されて。<br />
橋本　やること全部やってるし。<br />
内田　音があって絵があって。小説を読むときには五感を動員しないとダメだよ、と。<br />
橋本　だって日本の文芸評論家は文章の美しさは問題にしてくれないんですもん。<br />
内田　ほんとにそうですね。音って大事ですよね。でも、この作家は音の使い方が巧みであるっていう批評、まず見ることないですよね。あと、本を開いたときのヴィジュアルな印象がきれいだとか。タイポグラフィとか、余白のかたちとか、紙質とか、このへんにすごく画数の多い漢字があって、こっちが白っぽくて、そのコントラストがいいとか。そういう考え方があってもいいと思うんですけどね。<br />
橋本　あるんです。『窯変源氏物語』は漢和辞典を引きっぱなしですよ。<br />
内田　かっこいい漢字を探して？<br />
橋本　うん。『胡蝶』の巻で六条院で桜の全盛期みたいなのがあったから、桜に関する表現は、ほかにストックはありませんというぐらい全部ここで使い果たしちゃってもいいやと思って、そのときにぶち込んだんですよ。<br />
内田　へえー……。<br />
橋本　そしたら『藤裏葉』の巻になって、やっぱり花のシーンが出てきちゃって。ところが、それがお寺の花見だった。「ああ、しめた。仏教関係の用語を使えばいい。それで花を書こう」と思いました。「天蓋から垂れている、これをなんていうんだ？」とかって辞書を引きながら。と、「金偏で何かあったはずだ！」と思ってザアーッと見ていったりとか。<br />
内田　小説を書くときに漢和辞典を引いて「いい字を探す」という人は橋本さんくらいですよ</em>。</p>

<p>というような感じの対談である。<br />
面白そうでしょ？</p>

<p>それから、「学内向けの業務連絡」<br />
フランス語語学研修の参加者が定員に不足して１名追加募集をしています。<br />
8月２１日から9月１２日まで、ブザンソンのフランシュ＝コンテ大学の鷹揚言語センターで２週間５０時間の研修プラスパリ自由研修１週間です。（えへへ、もちろん「応用言語センター」の間違いです。どもすみません。でもいいですね「鷹揚言語センター」。ことばの使い方間違えても「ノンノン、パ・ド・プロブレム」でにっこり許してくれそうで）<br />
私が全行程フルアテンダンスで、添乗員、ポーター、通訳、ボディガード、ガイドなどを勤めさせていただきます。<br />
ブザンソンは中世のままの城砦が残るシックで美しい街です。名物料理はジャガイモとソーセージとチーズのグラタン（高脂質ごはんだけど、美味しいの）。初秋のフランスでほっこりしたい神戸女学院の学生・院生・聴講生諸君、どなたも歓迎です。<br />
受付は本学国際交流センターまで！<br />
お早めに。</p>

<p><br />
</p>]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>マンガ脳</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.tatsuru.com/2008/06/18_1048.php" />
   <id>tag:blog.tatsuru.com,2008://1.1825</id>
   
   <published>2008-06-18T01:48:53Z</published>
   <updated>2008-06-18T01:58:39Z</updated>
   
   <summary>大学院で「マンガ」の話をする。 日本語と日本の宗教の「辺境性」についてのプレゼン...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tatsuru.com/">
      <![CDATA[<p>大学院で「マンガ」の話をする。<br />
日本語と日本の宗教の「辺境性」についてのプレゼンテーションだったのだが、いつのまにか「日本人の脳」の話から、マンガの話になってしまった。<br />
日本語は「漢字とかなを混ぜて書く」言語である。<br />
漢字は表意文字であり、かなは表音文字である。<br />
この二つを脳は並行処理している。<br />
アルファベットは表音文字であるから、欧米語話者はそんな面倒なことはしない。<br />
けれども、そのせいで変わったことが起きる。<br />
表意文字は「図像」であり、表音文字は「音声」であるから、これを記号処理する脳の部位は当然違う。<br />
失読症というのは、脳の疾患によって文字が読めなくなる症状である。<br />
欧米語話者は失読症になると、まったく文字が読めなくなる。<br />
しかるに、日本語話者は二種類の病態をとる。<br />
漢字が読めなくなって、かなだけが読める症状と、かなが読めなくなって、漢字だけが読める症状である。<br />
それから、漢字を読んでいるところと、かなを読んでいるところが、別の脳内部位であることが知れるのである。<br />
それがどうした、と言われる方がおられるやもしれぬ。<br />
あのね。<br />
これはけっこう大変なことである。<br />
図像と音声を同時に「記号」として並行処理しているのである。<br />
こんなことをしているのは日本人だけである。<br />
そうすると、どうなるのか。<br />
とりあえず脳科学について知られていることをおさらいしてみよう。<br />
角田忠信によると、日本人は鳥の声や虫の鳴き声も言語音として左脳で処理している。<br />
欧米人は「言語」と「音楽」は別の脳内部位で処理する（言語は左脳で、音楽は右脳で聴く）。<br />
だから、だから、欧米人は音楽を聴いているときに、人間の声がきこえても、「邪魔にならない」。<br />
人間の声は音楽に「割り込まない」からである。<br />
しかし、日本人の場合は、交響楽の演奏中に鳥の声が聞こえても、蛙が鳴いても、「音に穴が開く」。<br />
それは鳥の声や蛙の鳴き声と音楽を日本人は「言語脳」で聴いているからである。<br />
「われわれが読む、聴く、書く、話すなどの言語活動をしているとき、非言語音である純音、雑音、器楽曲を同時に聴いても、言語脳と音楽脳とが、言語と音楽などを別々に処理しているわけではなく、言語脳の方に一諸にとりこまれて処理されるという、『言語情報優先の原則』のあることを確かめたわけである。」（角田忠信、『日本人の脳』、大修館書店、１９７８／２００５、９３頁）<br />
なるほど。<br />
さて、言語を「出力」する場合はどうなるのか。<br />
『日本人の脳』が書かれた時代にはまだ知られていなかった脳科学上の発見に「ミラーニューロン」というものがある。<br />
もう何度も書いたことだが、ラーニューロンは他者の脳内で起きている神経細胞の動きを、自分の脳内でトレースする機能である。<br />
「ミラーニューロンにより、他人の振る舞いを見ると、自分もそれと同じ振る舞いを仮想的にするのである。」それによって「自分の中で仮想的身体運動が起こり、他人の心の状態と同様の状態に自分の心がなり、そうして他人を理解しているのである。」（月本洋、『日本人の脳に主語はいらない』、講談社選書メチエ、２００８年、１１８頁）<br />
これも前に紹介しましたね。<br />
私たちは他人の身体動作の模倣を通じて、自分の脳神経回路を組織化する。<br />
模倣を通じて「私」が形成される。<br />
最初に自他未分化の「ミラーニューロンの同調」という現象があり、その同調の効果として、「私」が立ち上がり、同時に、「私」がその模倣をした「モデル」が解離的なしかたで基礎づけられる。<br />
「自我」とか「他者」とかいう装置はミラーニューロンが活動しているところに生まれる。<br />
それは局所的に言うと「右脳」であり、さらに厳密に言うと、聴覚野に隣接した場所である。<br />
ところで、欧米人は母音を右脳で処理するので（これも最近わかったことらしい）、出力のとき、自分の言葉を「右脳の聴覚野で内的に聴く」。<br />
私を主語にして話し始めるとき、その認知的な「私」はまず右脳で立ち上がる。<br />
そこは「私と他者」の分離がなされている場所の「お隣」である。<br />
右脳で立ち上がった「認知的な私」が左脳にある「言語的な私」にたどりつくまで時間がかかる（数十ミリ秒）。<br />
「認知的な私」の出現と「言語的な私」の出現のあいだにタイムラグが生じる<br />
間が保たない。<br />
コーヒーを一服とか、煙草を喫するとか、おもむろに携帯を見やるとか、そういうことをしないと「間が保たない」ということあるでしょ。<br />
それと同じである。<br />
仕方がないので、欧米語話者は人称代名詞を口にする。<br />
“Ｉ”とか“ｉｔ”というのは、「何を言ってよいかわからないので、とりあえず言ってみました」音なのである。<br />
「イギリス人は、発話開始時には、右脳の聴覚野から左脳の言語野への信号伝達に時間がかかり、認知から言語への移行が円滑にゆかないので、とりあえず、無意味な“ｉｔ”を発声することになるのであろう。」（１９８頁）<br />
「雨が降る」というのは、おそらく認知的にはただ“ｒａｉｎ”でよいのである。<br />
その認知的事態を言語的に表象する前に、うっかり“ｉｔ”なんて口走ってしまったものだから、ｒａｉｎｓなんて、語尾を活用させなければいけない仕儀に立ち至るのである。<br />
たぶんそういうご説明ではないかと思う（違ったらごめんね）。<br />
日本語では「愛しているよ」で足りる。<br />
誰が誰を愛しているかというような認知的な事態は「織り込み済み」だからである。<br />
「認知的な無音の『僕』が連続的に有音の『愛している』につながるからである。だから『僕は君を愛しているよ』というと、『僕は』が余計なのである。<br />
認知的な無音の『僕』は言語になっていないので、主語ではない。それは、主体とよばれるべきものである。したがって、認知的主体が言語的動詞と組み合わされて一つの認知的言語行為を構成しているのである。また、目的語の『君を』も声にはならない。それは、右脳の自他分離の部分を刺激しないからである。<br />
これに対して英語では”I love you”である。“ｌｏｖｅ”とは言わない。英語では、認知から言語に連続的に移行しないから、“Ｉ”が必要になり、そして、右脳の自他分離の部分を刺激するから人称代名詞の“you”が必要になる。」（２００頁）<br />
面白い話である。<br />
さて、ここまでは別に「トリビア」ではなくて、話の「マクラ」である。<br />
私たちにわかっているのは、<br />
（１）	日本人は図像と音声という二種類の言語記号を左脳で並行処理している。<br />
（２）	言語記号の出力に際しては、右脳の自他分離機能を刺激しない<br />
どうです。<br />
なんか、どきどきしてきませんか。<br />
マンガにおける図像というのは、「他者の身体」である。<br />
そうでしょ。<br />
そこにたいていは人の体が描いてあるんだから。<br />
他人の身体を見ると、人間の右脳のミラーニューロンが活性化して、仮想的身体運動が起きる。<br />
でも、べつにこれは記号的に表出される必要がない。<br />
「私は今マンガを読んで、その図像を対象的に把持したせいでミラーニューロンを刺激されている」なんていうふうに認知する必要がない。<br />
マンガは日本語の世界であって、そこは“Iのない世界”なんだから。<br />
左脳はさくさくとマンガを読んでいる。<br />
右脳はぐいぐいと仮想的身体運動をしている。<br />
日本人にとって「マンガを読む」というのは左右の脳を例外的に活発に刺激する経験なのではあるまいか。<br />
というのは、マンガ家を見て知れることの一つは、「画力のあるマンガ家は、話も面白い」ということだからである。<br />
絵はめちゃめちゃうまいが、話は穴だらけ、とか、ストーリーは抜群だが、デッサンがどうも狂っている・・・というようなマンガ家は（あまり）いない（青木雄二くらいである）。<br />
画力と物語構成力はマンガにおいてはおそらく脳内において並行的に発達している。<br />
大友克洋、鳥山明、井上雄彦・・・ワールドワイドに画風のフォロワーを有しているマンガ家たちは、いずれも創造性あふれる抜群のストーリーテラーである。<br />
これをどうして「変だ」と思わずに来たのか、その方が不思議である。<br />
「物語を作る脳内部位」（「作家脳」）と、「絵を描く脳内部位」（「画家脳」）は本来別々のものなのであろう。<br />
けれども、マンガのように時間の流れに乗せてシーケンシャルに「動き」をトレースする絵の場合には、その二つの脳内部位が同時に活性化しないと仕事にならない。<br />
だから、左脳の図像処理プロセスと、音声処理プロセスと、右脳のミラーニューロンの活性化が同時に起きる。<br />
ミラーニューロンが活性化すると、人間は「幽体離脱」する(池谷裕二さんに聞いた）。<br />
すると、生身の人間がとることのできない視点から、人間の世界が俯瞰される。<br />
井上雄彦のマンガを読んでいると、ときどき信じられないような視座からの俯瞰図に出会う。<br />
たぶんこれは主人公の超人的な身体運動に同調しているうちに、作家自身が「離脱」してしまったことの効果である。<br />
この複数の脳内部位が同時に活性化することをかつて人々は「ミューズ」とか「ダイモニオン」とか「うなぎ」とか「複数のパロール」とか「私の中の他者」と称したのではないか。<br />
というようなことを考え出したら、なんだか収拾がつかなくなってしまったのである。<br />
</p>]]>
      
   </content>
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   <title>アナザー忙しい週末</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.tatsuru.com/2008/06/17_1021.php" />
   <id>tag:blog.tatsuru.com,2008://1.1824</id>
   
   <published>2008-06-17T01:21:26Z</published>
   <updated>2008-06-17T01:21:56Z</updated>
   
   <summary>死のロード初日。 ５月に始まった「（週末なき）死のロード」シリーズが二週間のイン...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tatsuru.com/">
      <![CDATA[<p>死のロード初日。<br />
５月に始まった「（週末なき）死のロード」シリーズが二週間のインターバルを置いて、また再開された。今回のロードは６月末まで続く。<br />
今回の週末は<br />
１４日、志木合氣会創立２０周年記念演武会・講習会<br />
１５日、多田塾研修会<br />
１６日、法政大学で講義<br />
その隙間に打ち合わせやら宴会などがある。もちろん各種原稿の締め切りもあるので、移動の車中でも目を充血させてパソコンを叩き続けている。<br />
それでも立て続けに三本原稿を落とす。<br />
かつては｢いつもニコニコ守る締め切り｣の人間であったのだが、もはやそのような牧歌的なことは言っておれない。<br />
夏休みまであと６週間ほどある。<br />
倒れずにたどりつけるとよいのだが。<br />
とはいえ、今回は合気道イベントと鈴木晶先生のところの授業のお手伝いであるので、比較的お気楽なツァーである。<br />
土曜日７時に起きて、８時半発の新幹線で東京へ。丸の内線で池袋。東武東上線で柳瀬川に１２時。埼玉県は遠いです。<br />
行きの電車の中で坪井師範、小堀さん、大田さんに遭遇。わいわいおしゃべりをしているうちに現地につく。駅で高雄くんに会う。軽く昼飯を誂えて店を出ると今崎先輩、雑賀くん、のぶちゃんと出会う。<br />
こういうふうに目的地に向かって歩いていると、しだいに見知った顔が増えてゆき、カメラがぐうっとクレーンで持ち上げられて、一望するといつのまにか大集団に・・・という絵柄は「革命劇」の定番であるが、私はこの手の図像にたいへん弱く。<br />
それだけで｢ほろり｣としてしまうのである。<br />
どうしてだかわからないが、たぶん人類学的に「きゅん」と来る何かが含まれているのであろう。<br />
同門の合気道家たちと久闊を叙す（といっても、みんな５月末の全日本演武大会で会ったばかり）。<br />
演武会、多田先生の講習会と、とんとんと終わって、祝賀会。<br />
稽古で汗をかいたあとの冷たいビールはまことに美味である。<br />
参加団体からの最初の挨拶を多田先生からご指名されたので、志木合気会を創設された故・樋浦直久先輩の思い出を語る。<br />
私は私の手の指がまわらないほどの樋浦さんの太い腕にさわるのが大好きで、宴会のときはいつも気がつくと先輩の左となりに座って、酔うとどういうわけかその樋浦さんの左手をつかまえて何か技をかけようとした。もちろんいつも「わははは」という豪快な笑いとともに反対に三教をかけられて畳に顔をこすりつけるのであった。<br />
そのときの微醺を帯びて赤くなった樋浦さんのやさしい温顔を思い出す。<br />
Ｋ井先輩から説教をしていただく。<br />
「ウチダくん、ここにすわんなさい」「はい」<br />
今回は礼のしかたについてご注意を受ける。<br />
「君は頭が高いんだよ」「は」<br />
おっしゃるとおりである。子どもの頃からずっとそう言われてきたのだが齢耳順に至ってまだ治らない。<br />
それから「今日の演武はなかなかよかった」とにっこり。<br />
まことに教育的なご配慮である。<br />
「それからオレのことをブログ日記に書くなよ」ともご注意を受けた（それゆえ今回からはＫ井先輩とのみ記して名を秘すのである）。<br />
二次会にもお供して、合掌の呼吸の要諦について、大先生の写真を神前に飾ることの必要性について、経験に裏づけられたさまざまの知見をご教示いただく。<br />
同門の先輩とは、まことに求めて得難いものである。<br />
学士会館泊。<br />
あけて日曜日は多田塾講習会。若松町の本部道場に、また三々五々と同門の諸君が集まってくる。<br />
地下鉄の駅で、ウッキーが地図を見ている。歩いているうちに、大田さんと会う（よく会いますね）。<br />
昨日会った人たちもいるし、今日会う人（岩手から東京経由スイス行きの菅原さんとか）もいる。浜名湖道場の寺田さん門下の諸君（スーさんの同門）も来ている。ツッチーがいたので、「Ｔシャツ、かわいいね」と話しかける（まことによけいなお世話であるが、ツッチーと闇将を見ると何かよけいなことを言いたくなってしまう）。<br />
楽しくお稽古したあと、多田先生をお見送りしてから、神楽坂へ。<br />
二日間ごいっしょした甲南合気会の諸君（かなぴょん、ウッキー、ナガヤマさん、新井さん）、高雄くん、のぶちゃんらとお別れする。ばいばい。<br />
神楽坂の「うお徳」にて新潮社のミエさん、アダチさんと会食。<br />
「呪いの言論」について語る。<br />
気づかぬうちに私たちの社会には「他人の苦しみをおのれの喜びとする」タイプのマインドが瀰漫しつつある。<br />
自分には何の直接的利益もない（どころか、しばしば不利益をもたらす）にもかかわらず、それによって自分以上に苦しむ人がいるなら、その苦しみを自分の「得点」にカウントする風儀がいつのまにか私たちの時代の「ふつう」になってしまった。<br />
他人の苦しみをおのれの喜びとすることを「呪う」という。<br />
この古い日本語がメディアから消えると同時に、日本中の人々がそれが「呪い」であることを知らずに、「呪い」の言葉を吐き散らすようになった。<br />
月曜日は法政大学の鈴木晶先生のところで特別講義。<br />
先週は増田聡くんがゲスト講師で、今週は私。<br />
「倍音的文体論」というお題を鈴木先生から頂いていたので、その話をするうちに、どれほどシンプルでチープなナラティヴであっても、それが「本歌取り」である限り、そこからは倍音が発し、それを聴取した人たちの中には「これは私だけに宛てられたメッセージだ」と錯覚するものが出てくる。<br />
芭蕉と村上春樹の話から始まって、シリアル・キラー、模倣犯の話に転じ、秋葉原の無差別殺傷事件と「呪いのナラティヴ」の話になる。<br />
最初のうちは眠っていた学生たちも途中から目を覚まして、身を少しこわばらせて聴いている。<br />
私たちの時代においてドミナントな言説は「呪い」の語法で語られているという昨日の続きの話をする。<br />
「呪い」という言葉が彼らには実感として「ヒット」するのであろう。<br />
むろん、呪いは祓われなければならない。<br />
それは「呪うものは呪われよ」ではない（それでは呪いは増殖するばかりである）。<br />
「呪詛には祝福」と人類の黎明期から決まっている。<br />
「他者の喜びをおのれの喜びとする」ことである。<br />
授業のあと、ボアソナードタワーのラウンジで鈴木先生とご飯を食べながら、「日本はこれからどうなるんでしょうね」といささか悲観的なおしゃべりをする。<br />
鈴木先生に「またね」とお別れしてから、音羽の講談社へ。<br />
『街場の家族論』のゲラを放置したまますでに半歳。<br />
小沢さんと、浅川さんの後を引き継いだ新担当の山中さんにお詫びとご挨拶。<br />
３０分ほどでおいとまして、新幹線に乗ると、たちまち爆睡。<br />
今週末もまた東京である。とほほ。</p>]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>ひとりマス・メディア</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.tatsuru.com/2008/06/13_1452.php" />
   <id>tag:blog.tatsuru.com,2008://1.1821</id>
   
   <published>2008-06-13T05:52:42Z</published>
   <updated>2008-06-13T05:56:10Z</updated>
   
   <summary>気がついたらアクセス数累計が１４００万を超えていた。 東京都の人口を超えたわけで...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tatsuru.com/">
      <![CDATA[<p>気がついたらアクセス数累計が１４００万を超えていた。<br />
東京都の人口を超えたわけである。<br />
わお。<br />
すごいね。<br />
個人のブログで、それもどちらかというと身辺雑記のほかには小うるさい理屈をがみがみと書き連ねているだけのサイトに、これだけの累積訪問者があるということをすなおに慶賀したいと思う。<br />
先日、ある雑誌のインタビューがあり、プロフィールのゲラを見たら、「アクセス数が１００万を超える人気ブログ」という紹介がされていた。<br />
「あの～、１３００万を超える」ですけど・・・と訂正を求めたら、ずいぶん恐縮されていた。<br />
カウンターの数字を一桁読み間違えていたのである。<br />
さて、このようなかたちで発信していることが、世論形成上どれほどの影響力を持ちうるのであろうか。<br />
とりあえずわかるのは、それは発行部数１３００万部の「本」のそれとはまったく異質なものだということである。<br />
１３００万部の本の読者は通常その数より多い。<br />
私の書き物のレギュラーな購読者は、おそらく日本全国で１００００人、というところであろう（私が出した単著本のなかでいちばん「売れなかった」本のひとつが先日重刷で晴れて１００００部に達したので、たぶんそれくらいであろう）。<br />
『下流志向』だけは例外的に１０万部を超えたが、これは講談社の営業の成果（とくにタイトリング）であって、内容的には「いつもと同じ話」である。<br />
いまさら言うのもなんだけれど、このタイトルは三浦展さんの『下流社会』の「二匹目の泥鰌」ねらいがバレバレのタイトルで、「これで行きます」と言われたときはずいぶん気落ちしたものである（私が最初につけていたタイトルは「学びからの逃走、労働からの逃走」だったのだけれど、このタイトルだったら１０分の１程度のセールスで終わったであろう）。<br />
だから、このブログの読者もこの「レギュラー・リーダー」をケルンにして、「ときどき覗きに来る」という人を含めて、マックス３００００人くらいの集団ではないかと思う。<br />
これはけっこうな数字である。<br />
現に、3００００人の定期購読者がいる雑誌というのはなかなかない。<br />
先日○ＥＲＡに「発行部数どれくらいなの？」と訊いたら、「一応２０万部です」と言っていた。創刊号が１００万部売れたそうだから、凋落ぶりが痛ましい。<br />
「月刊○代」にも同じ質問をしたが、はっきりした回答が得られなかったので同席していた関川夏央さんと相談して、「７－８万部というところですかね」と推測した。<br />
純文学誌の場合は、月刊で３０００部から５０００部というあたりである。<br />
以前このブログに「○學界」の発行部数は３０００部と書いたら、当時の編集長から抗議のメールが来て「今月は５５００出ました。過去には７０００部売れた月だってあるんです」と叱られた。<br />
ごめんなさい。<br />
「○ばる」では、新人賞を公募したときに１００００点の応募があり、「どうして４０００部しか売れてない月刊誌の新人賞に２．５倍の応募者があるんだ。せめて応募要項が出ている号くらい買えよ」と編集者が怒りに震えていた。<br />
これまで純文学誌の読者は「編集者と作家と、編集者志望と作家志望」の４種類しかいないと言われていたが、どうも「作家志望」の諸君はここにはもうカウントできなくなりつつあるようである。<br />
哀号。<br />
というような既存の定期刊行物の読者数を基準に取ると、「定期読者３００００人」はすでに「マス・メディア」のカテゴリーに入ってもおかしくないであろう。<br />
しかし、これを書いているのはひとりの個人である。<br />
編集会議もデスクも営業も広告主も電通も、ぜんぜん関係してこないのである。<br />
ひとりの人間が掣肘ぬきで言いたい放題書き放題の「マス・メディア」というものが存立してよろしいのであろうか。<br />
なんだかあまりよろしくないような気がする。<br />
だから、たまに「こんなことを書いてもらっては困る」というクレームがつくことがある。<br />
例えば、個人情報に抵触する場合。<br />
私が「いっしょに行った○○くんと××くんと痛飲」というようなことを日記に書くと「センセイ、すみません。会社には『祖母が急逝』ということで有給とったので、ぼくの名前消してください」というような必死メールが来ることがある。<br />
むろん、そういう場合は直ちに削除。<br />
大学の上の方から「ウチダ先生、この記述はちょっとなんとかなりませんか・・・」というやわらかいクレームがつくこともある。<br />
「あ、そうですか、こりゃ失礼しました」とすなおに直すこともあるし、「だって、事実じゃないですか」と口をとがらせて、直さないこともある。<br />
ケース・バイ・ケース。<br />
それにこのブログの場合は、このあと「使い回し」、二度目のご奉公とて単行本に採録されることが多いので、何を書いても「出版コード」が無意識のうちに適用されている。<br />
本になって、天下の往来で売られるのがはばかられるようなことは、やはり書かない。<br />
そう考えると、「マス・メディア」の「マス」は発行部数の問題ではないということがわかる。<br />
「マス･メディア」の多数性を担保しているのは、「複数の価値観」がそこで輻輳しているせいで、「まあ、この辺が常識的な範囲じゃないですか」ということについての合意形成が必要だという事実である。<br />
私はそう思う。<br />
発行部数が１０００万部でも、言論統制下にあって、独裁者の善政をひたすら礼賛するようなメディアは「マス･メディア」ではない。<br />
規模は大きいが、「手書きの私の詩集」と本質において変わらない。<br />
「外部」への回路が開口していないからである。<br />
「マスメディア」の「マス」性を存立させるのは、「私の内部にある、あれこれの意見を擦り合わせる」というめんどうな仕事を引き受けるということである。<br />
「私の中における合意」は同語反復ではない。<br />
村上春樹さんにはかの「うなぎ」なるアルターエゴがおり、小説を書くときは、この「うなぎ」と相談をされるそうである（相談すると、ますます話がややこしくなる、というのが「うなぎ」の手柄である）。<br />
橋本治さんは「左肩」にアルターエゴが棲んでいて、「この仕事できるかな」「やったら」みたいな会話を肩とかわしているそうである（この逸話はもうすぐ筑摩書房から出る『橋本治と内田樹』でお読みいただけます）。<br />
すぐれた書き手は必ず自身のうちに「対話の相手になるような、私とは違う私」を住まわせている。<br />
モーリス・ブランショが「同じひとつのことを言うためには二人の人間が必要だ」というのも、ラカンが「私が語っているとき、私の中では他者が語っている」というのも、おそらくその構造は同一である。<br />
もし書き手がつねに首尾一貫していると、遠からず限界にゆきあたる。<br />
書くことがなくなってしまうのである。<br />
人間はタフだから、書くことがなくなっても、同じことを壊れたテープレコーダーのように際限なく繰り返すことはできる。<br />
夫子ご自身は際限なく言葉が出てくるので、言葉の鉱脈を掘り当てた気分になって、うれしく語り続ける。<br />
けれども、これはつねづね申し上げているように「下水道に上水道を繋いでいる」のと同じメカニズムである。<br />
いくらでも際限なく蛇口から水が出てくるので、無窮の水源を掘り当てたと本人は大喜びだが、実際には排水溝から流れた水がまた蛇口から還流しているにすぎない（だから、だんだん腐臭がしてくる）。<br />
このピットフォールに落ち込まないためには、「私の中で他者が語る」という機制をどこかで構造的に組み込んでおかなくてはならない。<br />
クリエイティヴ・ライティングの授業では、その話をする。<br />
シンプルでチープな「物語」narrative に取り込まれないようにするためには、「私の中で何人もの他者が語る」ような複数的パロール(parole plurielle これもブランショの言葉だ)の装置を稼動させなければならない。<br />
だが、どうやって。<br />
考えているうちに、関川夏央さんの『家族の昭和』に出ていた幸田文の「父・こんなこと」が読みたくなって、読み始めた。<br />
びっくりした。<br />
すごい文章である。<br />
センテンスがひとつひとつぴくぴくと生きている。<br />
固有の律動を以って動いている。<br />
頭で書いている部分と、手先で書いている部分と、腰で書いている部分と、感傷で書いている部分と、憎悪で書いている部分と、空腹感で書いている部分・・・まるで人間の身体のように、そういった自律的な部分がわずか三行のセンテンスのあいだに順番に出ては消える。<br />
すごい。<br />
菩薩のような一行のあとに、いきなり夜叉のような一行が出てくる。<br />
幸田文さんは、このとき４４歳。<br />
ほとんど生まれてはじめて書いた文章で、すでに文体が完成している。<br />
語るとは「自分の中にあって輻輳しているいくつものヴォイスをかたはしから言葉に載せてゆく」ということであり、その「かたはしから」を統御する理とは「美」だ、という見極めがちゃんとできている。<br />
言葉が美しいとはどういうことか、その審美的規範が深々と身体化していなければ、こんな芸当はできない。<br />
そうか、ヴォイスを統御する「理」は「美」なのだ。<br />
当たり前のことを忘れていた。<br />
美しいとはどういうことか。<br />
この言葉は美しいか、この歩き方は美しいか、この着付けは美しいか、この配膳は美しいか、そういうことに知的リソースを集中する長い体系的な訓練がなければ、審美規範は身体化しない。<br />
「複数のパロール」とか「他者の言葉」というような危ういものを統御できるのは、身体化された「美」のみである。<br />
だから、若き日の私がレヴィナスを読んで「意味がぜんぜんわからないけれど、なんか、めちゃかっこいい」と吐息をついたというのは、子どもなりにものごとの事理がわかっていたということである。<br />
というわけで、マス･メディアの「マス」たる所以を担保するのは、ヴォイスの複数性であり、ヴォイスの複数性を統御するのは、身体化した美であるという理路に私は至りついたのである。<br />
おわかりいただけるであろうか。<br />
おわかりいただけないですよね。<br />
</p>]]>
      
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   <title>a hollow man</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.tatsuru.com/2008/06/12_1100.php" />
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   <published>2008-06-12T02:00:11Z</published>
   <updated>2008-06-12T02:00:31Z</updated>
   
   <summary>桂の西本願寺の研修道場にて「現代霊性論」と題する講演。 聴衆は研修会に参加されて...</summary>
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      <name>uchida</name>
      
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      <![CDATA[<p>桂の西本願寺の研修道場にて「現代霊性論」と題する講演。<br />
聴衆は研修会に参加されている全国各地の若手の僧侶のみなさんである。<br />
教学や組織論の講義のあいまに、私がひとりだけ「非僧」の民間人として講師にまぎれこんでいる。<br />
今回のテーマは当日朝発作的に思いついた「記号と霊性」。<br />
私たちの社会でいま急速に進行しているのは、「記号化の過剰」とでもいうべき事態ではないか。<br />
そんな気がしたのである。<br />
あらゆる人間的営為をことごとく数値化・定量化し、それを「格付け」するという操作に日本人がこれほど熱中したことがかつてあっただろうか。<br />
私の記憶では、ない。<br />
文科省が大学に提出を要求するペーパーの要求のうちいくつはもうほとんど「ものぐるひ」のレベルに達している。<br />
そこには、「教育目的」と「教育方法」を記述し、そのプログラムがどのような「教育効果」をもたらしたかを数値を明らかにしたevidence based で述べよ、というようなことが平然と書かれている。<br />
「授業を聴いているうちに、すとんと気持ちが片付きました」とか「眼からウロコが落ちました」とか「矢も楯もたまらず身体を動かしたくなりました」とか「なんだか猫にも話しかけたい気分になりました」とか、そういうのはどうやって教育効果として数値的にお示ししたらよろしいのであろうか。<br />
いや、ほんとに。<br />
教育のアウトカムのもっとも本質的な部分は数値的・外形的に表示することができない。<br />
しかし、どうも官僚のみなさんにとって、数値的・外形的に表示できない教育的効果、あるいは「それが何を意味するのかを実定的な語法で語り得ない」教育効果は「存在しない」のと同義のようのである。<br />
それと同じ事態は社会生活の全般に及んでいる。<br />
子どもたちはさまざまな「おけいこごと」をさせられているが、親たちがそこに要求するのはつねに「努力と成果の相関が可視化されていること」である。<br />
水泳教室のインストラクターをしている学生の話では子どもたちのクラスでは異常なほどの「レベルの細分化」が進んでいるそうである。<br />
顔を水につけられたらレベルいくつ、足を床から放せたらレベルいくつ、というふうに水泳技術が「日進月歩」するさまをことごとく「数値で表示すること」を親たちは要求する。<br />
デジタルな数字が変わることでしか、子どもの身体能力の変化が「わからない」という親の側の観察力の欠如を誰も咎めない。<br />
これはきわめて危険な徴候だと私は思っている。<br />
身体能力にもたらされる変化は本質的には計量不能だからである。<br />
変化を計量するためには、座標軸のゼロに相当する「変化しない点」を想定しないといけない。相対的な変化量を確定するためには、「測定枠組み」そのものは変化してはならない。<br />
だから、「スコア」や「タイム」が数値的に表示されるスポーツでは、「身体の使い方を根本的に変える」ということにつよい抵抗が働くのである。<br />
身体運用OSそのものの「書き換え」に際しては、「何を測定してよいのかわからなくなる」ということが必ず起きる。<br />
それまで自分が「能力」の指標だと理解していた度量衡が「無効になる」というのが、「ブレークスルー」ということだからである。<br />
変化量を記号的・数値的に表示せよ、というルールは「ブレークスルー」というものがあることを想定していない。<br />
価値評価の度量衡そのものが生成する「パラダイムシフト」を想定していない。<br />
「ものさし」では重さも、光量も、音響も、手触りも、時間も量れない。<br />
世界の厚み深みについて理解を深めようと思ったら、手持ちの「ものさし」ですべてを計測しようとする習慣を捨てなければならない。<br />
そんな当たり前の理屈が通らない。<br />
どこでも、自分の手持ちの、薄汚れた、ちびた「ものさし」で、この世のすべてのものを計量できると信じている人々に私は出会う。<br />
「うつろなひと」a hollow man たち。<br />
「うつろなひと」は記号で充満している（名越先生の「ホムンクルス」のような話だ）。<br />
「うつろなひと」は、人間的営為のすべては計量可能であると信じる計量主義者であり、リソースは厳密に個人的能力に即して分配されるべきだと考える能力主義者であり、自分に本来帰属すべきリソースは「無能な他者によって不当に簒奪されている」と考える奪還論者である。<br />
そのような人々で日本は埋め尽くされつつある。<br />
というような哀しい話をする。</p>]]>
      
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   <title>格差社会論（再録）</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.tatsuru.com/2008/06/11_1205.php" />
   <id>tag:blog.tatsuru.com,2008://1.1819</id>
   
   <published>2008-06-11T03:05:50Z</published>
   <updated>2008-06-11T03:31:53Z</updated>
   
   <summary>今回の秋葉原の事件に「格差社会下層」に自分を「格付け」するという「物語」が深く関...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tatsuru.com/">
      <![CDATA[<p>今回の秋葉原の事件に「格差社会下層」に自分を「格付け」するという「物語」が深く関与していることにはどなたも異論がないだろう。<br />
私は以前そのような「物語」が瀰漫することに、とりわけそれが「政治的に正しい」説明原理として称揚されることについてその危険を指摘したことがある。<br />
『神奈川大学評論』という大学紀要に寄稿したものであるので、大学関係者以外には読まれた方はほとんどおられないであろうから、ここに再録する。<br />
２００７年の９月に書かれたものである。<br />
この論考のせいで私は「保守系リベラル」「中道右派」とカテゴライズされることになった（ウィキペディアにはそう書いてある）。<br />
ここに書かれたことのどこが「中道」なのか、どこが「保守」なのか、私にはよくわからないが。</p>

<p>善意の格差論のもたらす害について<br />
内田樹 <br />
　「格差」という語はそれ自体では価値中立的なものであるが、現在のメディアではこの語は中立的なものとしては用いられていない。格差は単なる「格差」ではなく、そのつどすでに「格差問題」として提起される。格差論は、その語られざる前提として、「格差は存在すべきではなく、ただちに廃絶されるべきである」という具体的な政策的主張に対する同意（あるいは反論）をすでに含んでいる。論者が「格差」について事実認知的言明を行った時点ですでに彼は「格差」をどう扱うべきかについての遂行的な言明も同時に行っている。本論考も、その点では格差論一般の例に漏れない。<br />
　結論を先に言ってしまえば、私は「格差はつねに存在したし、これからも存在するであろう。だから、格差を廃絶することはできない。できるのは格差が社会に壊乱的要素をもたらさないように扱うことだけである」という立場を取っている（私はこれを「階級」という概念の検討を通じて学んだ）。その点で、私は現在の日本の格差論者のほとんどと立場を異にする。彼らは格差の有害性を言い立てることには勤勉だが、格差のもたらす壊乱的要素を制御することにはいちじるしく不熱心だからである。ある社会的事象の有害性をつよく主張する人は、そのせいで社会秩序が壊滅的になることによってはじめて理説の正しさが証明されるために、事態がさらに悪化することを無意識のうちに切望することを止めることができない。本論考の目的はそのような格差論がはらむピットフォールを指摘して、読者の一考を求めることにある。<br />
　標準的な格差社会論は「弱者が存在する。弱者が発生するのは社会制度に不備があるからであり、政治はこれを補正せねばならない」という構成をもつ。この原理的な格差社会論に反対する人はほとんどいないであろう。<br />
　問題は反対する人がほとんどいない主張（例えば「世界に平和を」とか「地球環境をたいせつに」とかいう主張）は具体的にそのために何をするのかについての議論では人々の意見がたいていの場合一致しないということである。格差社会論もそうである。<br />
　「弱者が存在する。弱者が発生するのは社会制度に不備があるからである」という前段の一般論についての国民的合意は存在するが、「弱者を存在させないためには何をすればよいか」についての国民的合意は存在しない。ある人は社会福祉制度に不備があるといい、ある人は年金制度に不備があるといい、ある人は税制に不備があるといい、ある人は学校教育に不備があるといい、ある人は家族制度に不備があるという。おそらくその全部に何らかの不備があるのであろう。　<br />
　とはいえ、それらの制度すべてについての同時的に抜本的改革を断行した場合、私たちの社会は長期にわたる混乱と停滞を余儀なくされるはずであり、その混乱と停滞によってもっとも多くの被害をこうむるのは通常その社会でもっとも弱い者たちである。<br />
　それでも、とりあえず一つだけ、かなり広範囲に受け容れられている合意事項が存在する。それは「能力や資質が豊かに備わっているにもかかわらず分配上の不利益をこうむっている人々」と「能力や資質に見合わない過分の分配を受け取っている人々」を峻別し、後者が占有している資源を前者に再分配すること「フェアネス」であるとする考え方である。<br />
　一方に資質にすぐれ、能力に恵まれながら、偶然的な原因（人種や性別や信教や出生地や家庭環境や政治的意見などなど）によって社会的弱者の位置に釘付けにされているものたちがいる。他方に、資質も能力も欠いているが、偶然の幸運によって強者の権益を享受しているものたちがいる。その偶然的な運不運に基づく差別を廃し、純粋に個人の蔵する能力資質によって序列化し直すことがフェアネスである、というのが現在の格差社会論の中でしばしば耳にされる主張である。<br />
　その典型はいわゆる「ロストジェネレーション」論に見ることができる。これはその題名を冠した朝日新聞社刊の書物の冒頭の言葉（「生まれた年が悪いのか」）が端的に示すように、現在の格差問題をもっぱら生年という偶然によって説明し、それ以外の理由を考察することにほとんど興味を示さないという点で徴候的なテクストである。<br />
　『ロストジェネレーション』は２００７年の１月から朝日新聞に連載された同名の特集記事を単行本化したものである。<br />
　「ロストジェネレーション」と呼ばれるのは現在２５歳から３５歳の世代のことである。この世代を特徴づける条件は、「日本が最も豊かな時代に生まれながら、社会人になろうとするときに戦後最長の景気停滞期を迎えたこと。年功序列や終身雇用が崩壊し、成果主義が始まる最前線で、必死に自分たちの生き方を模索していること」とされる。（『ロストジェネレーション－さまよう２０００万人』、朝日新聞「ロストジェネレーション」取材班、朝日新聞社、2007年、２頁）<br />
　「ロストジェネレーション」に属する男女は「『団塊の世代』の子どもたちとして生を受け、物質的な豊かさをたっぷりと享受して、経済的に苦労することなく少年少女時代を送った。だから、自分の夢を持ち、自己実現をはかることが『善』であると信じることができた。(･･･)十代になると今度は、日本社会の制度疲労を目の当たりにすることになる。社会や企業はたやすく壊れるものであり、何かに頼って生きることはリスクが高すぎる、と考えるようになったとしても不思議はない。(･･･)大多数が決められたルールに乗って就職し、カイシャ丸抱えの生活を送ることが当たり前だった時代から、冷徹な企業の論理によって雇用がコントロールされ、多くの若者たちが不安定な労働に追いやられる時代へ。日本社会のルールが大きくその姿を変えたとき、その時代の波頭に立たされた世代、それがいまの２５歳から３５歳なのだ。」（同書、３０－３１頁）<br />
　この記述は事実認知的には特に問題のないものだが、措辞からはかなり傾向的な価値判断が遺漏している。それは「バブルの恩恵」にあずかって、「物質的な豊かさを享受」し、「大多数が決められたルールに乗って就職し、カイシャ丸抱えの生活を送ることが当たり前だった」事実をある種の「利権」と見なしているということである。先行世代が享受できたこの「利権」を失ったことが「ロストジェネレーション」世代の不幸の主因をかたちづくっていると論者たちは考える。「生まれた年が悪かった」せいで「割りを食った」という書き方はそのような予断がなければ成立しない。<br />
　それゆえ、「年功序列・終身雇用」や「バブル景気」の恩沢に浴すことができて、「がっぽりと退職金を抱えて会社を去ってゆく『団塊の世代』」（同書、１７７頁）から「ロストジェネレーション」は「不当利得」を回収する権利があると論者たちは考えている。<br />
　その根拠としては二つの理由が挙げられる。　一つは不当に収奪されたという被害事実であり、もう一つは年功序列・終身雇用のサラリーマンにとってはついに無縁であった「自分探し」や「自己らしさ」の探求、「やりがいのある仕事」「自分