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   <title>内田樹の研究室</title>
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   <updated>2010-02-06T03:46:48Z</updated>
   <subtitle>みんなまとめて、面倒みよう – Je m&apos;occupe de tout en bloc</subtitle>
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   <title>看護する力と横浜での驚愕の出会いについて</title>
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   <published>2010-02-05T06:42:15Z</published>
   <updated>2010-02-06T03:46:48Z</updated>
   
   <summary>火曜日。 医学書院の月刊『看護教育』のために、甲南女子大看護リハビリテーション学...</summary>
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      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
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      <![CDATA[<p>火曜日。<br />
医学書院の月刊『看護教育』のために、甲南女子大看護リハビリテーション学部の前川幸子、重松豊美、阿部朋子のお三方プラス神戸大の岩田健太郎先生で座談会。<br />
月刊『看護教育』の担当者は青木さんという青年。彼とははじめて。<br />
聞けば編集長はなんと“ワルモノ”白石さんだそうである。<br />
いったい私に看護教育についてどのような提言を期待されているのであろうかと考えたが、何も思いつかないので、ぼおっとしたまま元町へ。<br />
会場のOrfeu は以前、田口ランディさん、白石さんといっしょにご飯を食べに来たことがある。<br />
最初に私のところに来た医学書院の鳥居直介くんと杉本佳子さんも『看護学雑誌』の編集者であった。<br />
ずいぶん前の話である。<br />
私のところに看護関係の人が話を聴きに来るのは、たぶん私が「わからないはずのことがわかる」能力の開発プログラムをひさしく主張しているからだと思う。<br />
看護のような、身体とまぢかに触れ合う職業においては、微細なシグナルを感知する能力が必要とされる。<br />
「微細なシグナル」というのは外形的・数値的には「まだ」表示されないところの身体的変化である。<br />
いずれ閾値を超えれば計測機械も反応するであろうが、それに満たない場合は検査機器では検知できない種類の変化がある。<br />
人間の身体がアナログ的な連続体である以上当然のことである。<br />
それが数値的に表示されるより「前に」、変化に気づく能力は医療の専門家に要求される重要な資質である。<br />
「わからないはずのことが、わかる」<br />
繰り返し引くように、シャーロック・ホームズのモデルは、作者コナン・ドイルのエジンバラ大学医学部時代の恩師、ジョーセフ・ベルである。<br />
ベル先生は患者が診察室のドアを開けて、椅子に座るまでのあいだの数秒間の観察を通じて、患者の出身地、職業、家族構成、既往症、何の疾病で来院したかまで言い当てたという。<br />
それは千里眼でもなんでもなく、ひとりの人間の身体が発信している無数のシグナルを感知することがベル先生にはできたからである。<br />
それは「観察力」というような言葉では言い尽くせない。<br />
「観察力」は強いサーチライトを当てて、倍率の高い望遠鏡で対象を眺めるような感じがするけれど、ベル先生はむしろきわめて受動的な、ほとんどvulnerable な状態で他者の身体の前に向かっていたのではないかと思う。<br />
強い身体は微弱なシグナルに反応できない。<br />
「傷つきやすい身体」だけが「傷ついた身体」からのcalling を感知できる。<br />
機械はvulnerable ではない。<br />
だから、機械は「逸脱」は検知できても、「弱さ」は検出できない。<br />
弱さというのはアウトプットそのものではなく、ある種のアウトプットを生み出す「傾向」のことだからである。<br />
ナースの中には「死臭」を嗅ぎ当て、瀕死の人のかたわらに立つと「弔鐘」の音が聞こえる人がいるそうである（という話を前川先生からうかがった。ちなみに前川先生は「嗅ぎ当てる」人）<br />
そういうことって、ありますよね。<br />
「癒す」仕事にもっとも必要なのは、この「弱さ」が発信する微弱なシグナルをあやまたず聴き取る力だろうと思う。<br />
だが、看護の現場でも、看護技術のマニュアル化、ＥＢＭ化が進み、結果的にナースの身体性が衰えているという。<br />
医療技術が進歩することは歓迎すべきことである。<br />
けれども、それがヒーラー自身の「わからないことがわかる」能力の評価の切り下げや、そのような能力の開発プログラムの軽視を結果するのであれば、それは医療にとって危機的なことである。</p>

<p>看護学部はどこでも志願者が増えている。<br />
メディアはそれを不況時における「手に職」志向だというふうに簡単に総括しているが、私は違う要素もあると思う。<br />
自分の身体の蔵している未知のポテンシャルに興味をもち始めた若い人たちも、きっとその中には含まれているだろうと思う。<br />
それにしても、ナースというのは、いっしょにいて、ほんとうに気持ちの落ち着く方々である。<br />
目と目があったときに、彼女たちから最初に伝わるメッセージはDon’t worry である。<br />
それは無言のまま皮膚を通して、深く身体の奥にしみこんでくる。</p>

<p>水曜日。<br />
入試委員会を終えてから新幹線に飛び乗って新横浜へ。<br />
横浜国大の室井尚さんが主宰している北仲スクールの開校記念シンポジウムにお招きいただき、室井さんの司会で、東大の吉見俊哉さんと「ポスト戦後社会と都市文化の行方」というお題でお話するのである。<br />
室井さんには以前日本記号学会の大学教育についてのシンポジウムにお招きいただき、そのときは慶應幼稚舎の金子郁容さんと教育評価をめぐってだいぶ熱い論争をしてしまった（私が人前で論争的になるというのはきわめて例外的なことである）。<br />
それを知ってのお招きであるから、「シロートの言いたい放題」を期待されてのことであろうと気楽にお出かけする。<br />
車中で吉見さんの最近刊『親米と反米』と『ポスト戦後社会』を読む。<br />
たいへんに面白い。<br />
読みつつ、私は「網羅的な調べ物」というのができない人間だということをつくづく思い知る。<br />
もちろん、たんに「無精」という資質のせいなのだが、きわめて興味深い人物の書いたもの以外にはまるっきりリテラシー装置が反応しないのである。<br />
「ふつうの人が書いたふつうの文書」を前にすると、私の知的アクティヴィティの針は「ゼロ」の近くに貼りついてもはや微動だにしない。<br />
社会学者は職掌上、「ふつうの人が書いたふつうの文書」に伏流するイデオロギー性や臆断を読みだすことが求められるので、そういうものを大量に読まねばならぬのだが、どれほど高額のバイト料を提示されても、私はそのような仕事には就くことができない。<br />
文学研究者の中にも「イデオロギー的に間違っているテクスト」を徹底的に批判するために、「政治的に正しくない」テクストを精読する方がいる。<br />
そういうことが私にはできない。<br />
私が学者としてついにモノにならなかったのには無数の理由があるが、その致命的な一つはこの「無精」を制御することができなかったことである。</p>

<p>新横浜駅に着くとお迎えのスタッフの方々が待ち構えていてただちに会場に拉致される。<br />
馬車道の旧横浜正金銀行の跡地のＹｏｋohama Ｃｒｅａｔｉｖｅ　ｃｉｔｙ　Ｃｅｎｔｅｒというところ。<br />
室井さん、吉見さんとご挨拶していると、「大久保鷹さん、今日来てますから、ご紹介しましょうか」と室井さんがいきなり言い出す。<br />
ええええ。オオクボタカ？<br />
大久保鷹といえば・・・<br />
李礼仙、麿赤児、不破万作とともに状況劇場の初期の看板役者だった方である。<br />
私は1967年の夏に新宿花園神社で状況劇場の『月笛お仙　義理人情いろはにほへと編』を見た。<br />
麿赤児が泥絵具のようなメークをして、客入れをしており、私の耳元では山下洋輔ががんがんピアノを弾いていた。<br />
大久保鷹はそのとき「床屋」の役を演じていた。<br />
彼は私がそれまでに見たどのような映画やテレビや舞台の演技ともまったく違う芝居をした。<br />
どこがどう違うのか、今でもうまく言うことができない。ましてや１６歳の高校生に大久保鷹の演技の意味がわかるはずがない。<br />
なんだか凄いものを見たということだけずっと記憶している。<br />
そのあと状況劇場の舞台は何度も見た。<br />
けれども、花園神社で受けたような衝撃はさすがに二度と経験できなかったのである。<br />
室井さんは唐十郎を横浜国大の教授に迎えた人である。<br />
だから、状況劇場人脈が形成されていて当然だったのである。<br />
大久保鷹さんは、なんと「昔のまんま」であった。<br />
もう６６歳だそうだから、だいぶ白髪にはなっていたが、飄々とした表情も温かい声も、花園神社のときの大久保鷹の姿がはっきりと蘇ってきた。<br />
なんと大久保さんはひさしく私の本の愛読者で、私が横浜に来ると室井さんから聴いて、わざわざ戸山ハイツから出てきてくださったのである。<br />
大久保鷹が私の本を読んでいる風景はどうしても想像できないけど、なんだかすごく感激。<br />
あまりにうれしくてシンポジウムのときも、なんだかウキウキ気分で、大久保鷹の芝居の破壊力はこんなもんじゃなかったよな・・・と思いながら変痴奇論を繰り広げて、吉見さんと室井さんと良識あるオーディエンスを困惑させてしまったのである。<br />
室井さん、吉見さん、ごめんなさい。そして、ありがとうございました。<br />
とっても楽しかったです。</p>]]>
      
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   <title>甲野先生の最後の授業</title>
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   <published>2010-02-03T00:42:41Z</published>
   <updated>2010-02-03T04:22:58Z</updated>
   
   <summary>甲野善紀先生を本学の特別客員教授にお招きして３年。この年度末で任期満了となる。 ...</summary>
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   </author>
   
   
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      <![CDATA[<p>甲野善紀先生を本学の特別客員教授にお招きして３年。この年度末で任期満了となる。<br />
２月１日から３日までの集中講義が甲野先生の本学における最後の授業である。<br />
ご挨拶に伺い、お稽古に加えて頂く。<br />
ずいぶん多くの学生たち（および「にぎやかし」の合気道部員、杖道会員、OG、甲南合気会員）がミリアム館にひしめいて、さまざまな身体技法をあちこちで試みている。<br />
甲野先生の講習会はだいたいこういうかたちで、「全級一斉」という指導法はなされない。<br />
ひとりひとりが自分のペースで、自分の選んだ課題を試みる。だいたい数人のグループになって教え合ったり、批評し合ったりする。そのグループも固定していない。甲野先生が何か違うことを始めると、自然に解体して、また違う人たちとのグループが出来る。<br />
自分の身体の内側で起きていることを「モニター」するというのが、稽古の基本であるから、外的な規制はできるだけ行わず、ひたすら自分の内側の出来事に感覚を集中させるというのが、おそらく甲野先生の方針なのであろう。<br />
だから授業なのだが、点数はつけない。<br />
もちろん教務的には成績をつけていただかないと困るのだが、甲野先生の授業の成績は「自己申告」制である。<br />
遅刻早退しても、でれでれさぼっていても、自分で成績表に１００点と書き込めば１００点をつける。<br />
ただし、と先生は笑いながら告知していた。<br />
「そういうことをすると、あとで別のところで『税金』をきっちり取られることになるからね」<br />
おっしゃる通りである。<br />
他人の監視や査定を逃れることはできるが、自分が「成績をごまかすような小狡い人間だ」という自己認識からは逃れることはできない。<br />
つねづね申し上げていることだが、他人を出し抜いて利己的にふるまうことで自己利益を得ている人間は、そういうことをするのは「自分だけ」で他人はできるだけ遵法的にふるまってほしいと願っている。<br />
高速道路が渋滞しているときに路肩を走るドライバーや、みんなが一列に並んで順番を待っているときに後ろから横入りする人は「そんなことをするのが自分だけ」であるときにもっとも多くの利益を得、「みんなが自分のようにふるまう」ときにアドバンテージを失うからである。<br />
だから、彼らは「この世に自分のような人間ができるだけいないこと」を願うようになる。<br />
論理的には必ずそうなる。<br />
その「呪い」はまっすぐ自分に向かう。<br />
「私のような人間はこの世にいてはならない」という自分自身に対する呪いからはどんな人間も逃れることはできない。<br />
そのような人は死活的に重要な場面で必ず「自滅する」方のくじを自分の意志で引いてしまうのである。<br />
しかるに、「自分のような人間は自分だけである方が自己利益は多い」という考えを現代人の多くは採用している。<br />
「オリジナリティ」とか「知的所有権」とか「自分探しの旅」とかいうのはそういうイデオロギーの副産物である。<br />
けれども、「オリジナルであること」に過大な意味を賦与する人たちは、そのようにして「私のような人間はこの世にできるだけいない方がいい」という呪いを自分自身かけているのである。<br />
「私のような人間ばかりの世界」で暮らしても「平気」であるように、できれば「そうであったらたいへん快適」であるように自己形成すること、それが「倫理」の究極的な要請だと私は思う。<br />
「世界が私のような人間ばかりだったらいいな」というのが人間が自分自身に与えることのできる最大の祝福である。<br />
でも、これはむずかしい課題である。<br />
ふつうの人は「世界が私のような人間ばかりだったら」気が狂ってしまう。<br />
他者のいない世界に人間は耐えられないからである。<br />
だから、論理的に考えれば、「私のような人間ばかりでも平気な『私のような人間』」とは「一人の人間の中に多数の他者がごちゃごちゃと混在している人間」だということになる。<br />
一人の人間のなかに老人も幼児も、お兄ちゃんもおばさんも、道学者も卑劣漢も、賢者も愚者も、ごちゃごちゃ併存している人間にとってのみ、「自分みたいな人間ばかりでも世界はけっこうにぎやかで風通しがいい」。<br />
倫理的とはそういうことだと私は思う。<br />
つねに遵法的で、つねに政治的に正しく、つねに自己を犠牲にして他人のために尽くし、つねににこやかにほほえんでいる人間たちのことを「倫理的」だと思っている人がいるが、そうではない。<br />
だって、そんな人で世界が充満していたら私たちはたちまち気が狂ってしまうからだ（少なくとも、私は狂う）。<br />
だから、「そんな人間」は「倫理的」ではないと私は思っている。<br />
他人を踏みつけにして自己利益を追求するだけの人間も、自己犠牲を厭わずに正義や信念を貫く人間も、「世間がそんな人間ばかりだったら、息苦しくてやってられない」人間であるという点では選ぶところがない。<br />
だから、甲野先生の成績を自己申告でつけるときには「えええ、どうしたらいいんだろう」と迷ってしまうというのがたぶん適切なふるまい方なのだと思う。<br />
自己評価よりちょっと高めに点をつければあとで「自分は狡い人間なのでは」とくよくよすることになる。自己評価よりちょっと低めに点をつければ、「自分は過剰に謙遜するイヤミな人間なのでは」とこれまたいじけることになる。<br />
ではどうすればいいのか。<br />
別にむずかしいことではない。<br />
甲野先生の自己申告制では、成績表に点数を書き込むのは自分だけれど、他人に評価を求めることは禁じていないからである。<br />
自分の点数を知りたければ、あたりを見渡して、「人を見る眼」がありそうな人を探せばいい。<br />
そして、その人に「私は何点くらいかな」と訊けばいい。<br />
あなたに「人を見る眼」があれば、その問いにきちんと適切な解答をしてくれる人を過たず探し当てることができるはずである。<br />
正確な自己評価などというものはこの世に原理的に存在しない。<br />
「正確な自己評価が出来ている人」が存在するように見えるのは、その人が「自分についての適切な外部評価を下してくれそうな人」を言い当てる能力を持っているからである。<br />
おべんちゃらを言うタイコモチやイエスマンに取り囲まれている人間が「正確な自己評価を下している」とは誰も思わない。<br />
逆に、何を言っても「アホかお前は」と言って頭をはたくような人とつるんでいる人間もやはり「正確な自己評価」とは無縁である。<br />
人間は自分のことは適切には評価できない。<br />
でも、「私のことを適切に評価してくれる人」を探し当てることはできる。<br />
自己評価とはその能力のことを言うのである。<br />
そのことを知っただけでもこの授業に出た甲斐はあると思う。<br />
それくらいむずかしい課題を甲野先生は出しているのである。</p>

<p>今回の稽古では「キャスター＝風見鶏理論」と「悪魔の手の内」というのがたいへんに興味深かった。<br />
武道でいう「機」というのは「待たない、懸からない」ということだが、これを甲野先生は「構造」としてとらえている。<br />
キャスターは抵抗がいちばん大きい方向に車輪が向かって、抵抗を最小にする。<br />
風見鶏は風が吹き付ける方向にまっすぐ向かう。<br />
攻撃の入力があったときに、それに防衛的に反応するのではなく、攻撃の入力そのものを「自分自身の運動の材料」にして立ち上がる動きを以て応じる。<br />
防衛的、反撃的に考えると、「攻撃を逃れる」という体制になる。<br />
そうではなくて、「攻撃」そのものを滋養として成り立つ体制をつくる。<br />
キャスターや風見鶏には「こころ」はない。<br />
けれども、入力に遅滞なく反応する。<br />
そのような構造になっているからである。<br />
理屈はむずかしくないが、そのような「キャスター的」構造を身体的にどう構築するのかというのは非常にむずかしい。<br />
合気道的にはまことに興味深い課題である。<br />
「悪魔の手の内」は実見されるに如くはないであろう。<br />
とても私の禿筆を以てしてはこれを表象することはできない。<br />
稽古終了後、門戸の「じゅとう屋」でささやかなお礼の会を開いて、三年間のお働きに謝辞を述べる。<br />
大学での授業は今週で終わりだが、来年度以降も合気道部や杖道会の主宰で甲野先生の講習会は定期的に開いてゆければよいと思う。<br />
甲野先生、三年間ありがとうございました。</p>

<p></p>

<p></p>

<p></p>

<p></p>

<p></p>

<p><br />
</p>]]>
      
   </content>
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   <title>オピニオン・リーダーなんかになりたくない</title>
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   <published>2010-02-02T01:22:32Z</published>
   <updated>2010-02-02T05:31:38Z</updated>
   
   <summary>読売新聞のN田さんが『日本辺境論』の取材に来る。 N田さんはうちの奥さんのKC中...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tatsuru.com/">
      <![CDATA[<p>読売新聞のN田さんが『日本辺境論』の取材に来る。<br />
N田さんはうちの奥さんのKC中高部のときの同級生である。<br />
『日本辺境論』をどういう経緯で書くことになったのか、その状況的な意味は何であるのかといったことをお訊ねされる。<br />
もうあちこちで繰り返していることであるけれど、この本を書いたのは「年を取った」からである。<br />
年を取らないとできないことがある。<br />
自分自身の愚鈍さや邪悪さを腑分けし吟味するというような仕事はその一つである。<br />
若いときにこれをやると、たちまちエンドレスの自己嫌悪と自己告発になってしまう。<br />
本人が誠実であればあるほど、うんざりするような自虐の文章が綴られる。<br />
「私の愚鈍さと邪悪さを訳知り顔で断罪しているこの『私』なるものの審問者としての適切性は一体誰が担保しているのだ？」というような無限後退に陥るのがオチである。<br />
だから若いときはあまり反省しないほうがよろしいといつも申し上げている通りである。<br />
反省というのは「反省される対象」と「反省する主体」のあいだに適切な距離とそれなりの気づかいがないと成立しない。<br />
小田嶋隆先生の卓抜な比喩を借りるならば、自分自身の欠点を孫の悪戯を見てほほえむ祖父の慈愛のマナザシを以て見ることができなければ、「反省」などという難事業は果たせない。<br />
日本辺境論は日本の「ダメなところ」を選択的に俎上にのせて論ずるというものであるから、このような論件を私が若いときに扱ったら、それはもう救いなく残酷なものになってしまったであろう。<br />
「そりゃ、そうだけどさ。なにもそこまで言わなくても・・・」的な糾弾の奔流となったことは必至である。<br />
そんなものは誰も読みたくない（し、私だって書きたくない）。<br />
しかし齢還暦に至ると、そうも言っておられない。<br />
この社会のシステム不調の一端（どころか相当部分）に私はコミットしているのである。<br />
「責任者出てこい」というようなことは申し上げられない。<br />
まあ、誰もやりたくて「こんなこと」をしたわけではなくてですね、不調なシステムの側にもそれなりに「先方のご事情」というものがある、と。<br />
そういうことがだんだん身にしみてくる。<br />
若いときの自己批判はきわめて思弁的であるが、年を取ってからの自己批判は実践的である。<br />
若いときは「できそうもないこと」を理想に掲げて現状を罵るが、年を取ってからは「できること」しか反省しない。<br />
「できないこと」を「やっていない」と反省してもまるで時間の無駄である。<br />
だったら、いろいろある問題点のうち、「なんとかなりそうなもの」と「手が着けられないもの」を仕分けして、リソースを「なんとかなりそうなもの」に優先的に配分する。<br />
それが老人の知恵である。<br />
『日本辺境論』では、辺境人としての日本人の思考と行動の特殊性を列挙した上で、それが「手が着けられないもの」か「補正が効きそうなもの」か「伸びしろのあるもの」かをプラティカルな観点から考察したのである。<br />
人間の本質的欠点は決して治らない。<br />
その欠点そのものがその人のオリジナリティ、唯一無二性を基礎づけているからである。<br />
だから、人は全力を尽くしておのれの欠点を死守する。<br />
そんなものを批判したり、修正を要求したりすることはまるで時間の無駄である。<br />
そんな暇があったら、その欠点だけらの人間にもどんな「いい点」があるかを考えた方がいい。<br />
これは私が３０年にわたって教壇に立って、学生たちを教えてきて骨身にしみて学んだ経験則である。<br />
欠点は治らない。<br />
欠点とその人の長所はゼロサム的に一体をなしている。<br />
だったら、長所を伸ばして、欠点のもたらす現実的災厄を抑制するのが効果的である。<br />
その経験則を国民国家にも適用してみたのである。<br />
というようなお話をする。<br />
本が売れたせいで、私を「オピニオンリーダー」のようなものと見なす人がいるようであるが、それはまるでお門違いであると申し上げる。<br />
今度の本は２０万部を超したが、これは「できすぎ」だと私は思っている。<br />
まず、これが上限であろう。<br />
それを超すほどの一般性は私の書きものにはない。<br />
単行本の損益分岐点は１５００部だそうである。<br />
ということは出す本が１５００部をコンスタントに超える限り、私は一生本を出し続けることが許されるということである。<br />
それでいいと思う。<br />
あるいはもっと売れる本をそのうち書くかもしれない。<br />
でも、それは「たまたま」そうなっただけで、そういうものをめざして書く気はないのである。<br />
私は「私みたいな考え方」をする仲間を増やすために書いている。<br />
多数派形成のために、あちこち走り回って、壁新聞を貼ったり、ビラを撒いたりする人のことは「オピニオン・リーダー」とは言わない。<br />
「リーダー」というのは群れの前に立って、群れに背中を向けて、遠くを見ている人のことである。<br />
群れの中を走り回って、「だから、みんなで同じ方向に行きましょうよ。ねえねえ」とうるさく取りすがるような人間ことをふつうは「オピニオン・リーダー」などとは呼ばない。<br />
私は群れの中にいて、それが穏やかに統合されることを、ほとんどそれだけを願っている。<br />
行く先なんて、正直どこでもいいのである。<br />
レミングの群れが断崖に向かって行進しているときに、群れから離れて、「そちらに行ったらダメだ」と獅子吼する人はオピニオン・リーダーである。<br />
群れの中でのいさかいを仲裁したり、迷子の小レミングの手を引いたりしているやつはそうではない。<br />
そいつは結果的に群れといっしょに断崖から落っこちちゃうからである。<br />
私はそういうタイプの人間である。<br />
私は自分と意見をともにする人間を増やすことにはたいへん熱心であるが、意見をともにした人々を糾合して「何かいいこと」をすることにはそれほど熱心ではない。<br />
「集団の合意形成のために地道に努力すること」は「正しい目的地にたどりつくこと」よりも優先順位が高いと私は考えている。<br />
そちらのほうが「正しい」と言っているわけではない（「正しい目的地にたどりつくこと」の方が正しいに決まっている）。<br />
そうではなくて、「集団の合意形成のために地道に努力すること」ができる人間は、「正しい目的地」にたどりつけなくても、けっこうハッピーな人生を送ることができると思っているのである。<br />
場合によっては「正しい目的地」にたどりついた人間よりも幸福かもしれないと思っているのである。</p>]]>
      
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   <title>入試が始まる</title>
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   <published>2010-01-30T00:53:53Z</published>
   <updated>2010-01-30T10:16:47Z</updated>
   
   <summary>２８日木曜日。 大学で入試の学外会場へ行かれるみなさんに激励のご挨拶。 事故のな...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tatsuru.com/">
      <![CDATA[<p>２８日木曜日。<br />
大学で入試の学外会場へ行かれるみなさんに激励のご挨拶。<br />
事故のないように、どうぞがんばってください。<br />
それから梅田へ。<br />
前日の「業務連絡」に記したとおり、梅田のロイヤルホースというジャズクラブで大倉流小鼓十六世宗家の大倉源次郎先生と喜多流シテ方の長島茂さんのセッションがあり、そこにトークのゲストとしてお招きいただいたのである。<br />
どうして能楽のセッションをジャズクラブでやるのかというと、それはオーナーの關さんが源次郎先生の子ども時代からのおともだちだからだからで、このイベントももう６回目だそうである。<br />
源次郎先生とは先日の鼓楽の会のあとの懇親会で「能楽とユダヤ人の関係」という「トンデモ」系のおしゃべりをしているうちに話が途中で途切れていたので、なんと今回はその「話の続き」。<br />
なぜ能楽は「秦曲」という別名を持つのかという話から、秦河勝と能楽の関係、三輪信仰と三種の神様の話、西表島のふしぎな儀礼と「翁」、在原業平と古代日本人のＤＮＡ戦略・・・と話題はあらぬ彼方に転がって、何がなんだかわからないけれど、やたらに面白い話となりました。<br />
１０時近くに終わって、本町での稽古を終えて駆けつけた奥さんもまじえてちょっとだけ打ち上げ。<br />
冷たいビールとワインでのどを潤して、源次郎先生たちとしばし歓談。</p>

<p>２９日金曜日。<br />
早起きして、入試へ。<br />
2010年度入試はご存知の通り、どこも志願者集めで苦戦している。<br />
少子化傾向に不況が重なって、受験生が出願数を控えたせいで、「延べ受験生総数」がずいぶん減少した。<br />
リサーチ会社からエクセルで送られてくる資料を見ると、近隣校でも、「前年比６０％」というようなきびしい数字が並んでいる。<br />
もう何年も志願者数そのものを公開していない大学もあるし、「募集停止」も少なくない。<br />
まことに「大学冬の時代」はさらに寒気を増しているのである。<br />
ご存じのとおり、日本の大学の４０％はすでに定員割れ学部学科を抱えているが、その中に学生数１００００人以上の大学はほとんど含まれていない。<br />
経営がきびしいのは小規模校である。<br />
理由はある意味簡単で、従来の学部学科が「定員割れ」しそうになると、大きな大学は新学部新学科を作って、そちらに切り替えることができるからである。<br />
資金力があるところは次々と新しい教育プログラムを提出することができる。資金力がないところは、そんなことはできない。<br />
そして、現在の教育行政は「次々と新しい教育プログラムを提出できる教育機関はすぐれた教育機関であり、そうでないところはダメな教育機関である」という査定ルールを採用しているのである。<br />
「次々と新しい教育プログラムを提出」するためには相当の資金力が必要である。<br />
「新しい教育プログラムを興すためのコスト」だけでなく、「採算不芳となった教育プログラムの施設や教員を抱え込む人件費コスト」を引き受けられなければならないからである。<br />
結果的に、現在の高等教育機関の「淘汰」は、その教育理念や教育方法の適否によってではなく、「財政的に力があるか、ないか」によって決されている。<br />
金のある大学だけが生き延び、ない大学は消える。<br />
だが、繰り返し言うように、もし財政的体力が教育機関の生き残りの決定的条件であるのだとしたら、最終的には市場は「コンビニ型」の大学だけに生き残りを許すことになるはずだが、それが私たちの願っていることなのだろうか。<br />
たしかに、全国どこでも同じ教育プログラムで、同じ校舎の設計で、同じ教科書を使うならば、教育活動のコストは削減されるであろう。<br />
「誰でも興味をもちそうな主題について、誰にでも適用できる方法によって、誰にでも知っている情報、誰にでも習得できる技術を教える」ならば教育コストは最低限まで縮減することができる。<br />
国民全体を標準化し、個体識別不能のものとする教育が「もっとも金がかからない」。<br />
問題は、それを「教育」と呼ぶことができるかどうか、ということである。<br />
そのような事態の到来を私たちは願っているのだろうか、ということである。<br />
しかし、現実には、「できるだけ安いコストで教育を行うことができる学校」に選択的に生き残りのチャンスを与えられている。<br />
その結果大規模校が生き延び、小規模校は退場を余儀なくされつつある。<br />
けれども、それが教育プログラムの「コンテンツ」の適否ではなく、「コスト」の多寡によって事実上決されているということはもっと重く受け止めなければならないと私は思う。</p>

<p>さいわい、本学は前年比「ほぼ横ばい」（ところにより増加）という志願者数であり、これは四囲の状況をみると、「大健闘」と言ってよろしいであろう。<br />
分布をみると、西日本全域から志願者が増えている。<br />
何十人も受験生を送り込んで来る、固定的な「お得意様」が減り、代わりに、前年まで志願者ゼロだった高校から５人６人というふうに、新たな志願者層が出現し始めている。<br />
本学はほとんどメディアをつうじての宣伝をしていないし、新学部も新学科も設置していない（新しい教育プログラムとして用意できたは環境バイオサイエンス学科の「理科教員免許」だけである）。<br />
にもかかわらず、新しい志願者層が出現してきたということは、もちろん教職員の志願者掘り起こしのための地道な日常的努力の成果なのだが、それと同時に一部の高校生たちがこれまでの代理店主導型の「新発売！」型パブリシティに背を向けて、自分たちの固有の「センサー」を働かせて大学選びを始めたことの徴候のように私には思われるのである。<br />
私は高校生たちの直感を信じたいと思う。<br />
</p>]]>
      
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   <title>亀の甲より年の功</title>
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   <published>2010-01-28T02:16:14Z</published>
   <updated>2010-01-28T02:16:53Z</updated>
   
   <summary>個人的には水曜から春休み。 まだ木曜まで大学はあり、週末は入試だけれど、私の授業...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tatsuru.com/">
      <![CDATA[<p>個人的には水曜から春休み。<br />
まだ木曜まで大学はあり、週末は入試だけれど、私の授業はおしまい。<br />
三宅先生のところで身体をほぐしてもらってから、『中央公論』のインタビュー原稿に手を入れて、『AERA』の原稿を書いて、明治学院大学での高橋源一郎さんとの対談のゲラを直して、まとめてメールで送信。<br />
それから部屋の掃除をして、アイロンかけ。<br />
それだけやってもまだ日が高い。<br />
あら、うれしや。<br />
久しぶりにちょっと手の込んだ料理を作ろうという気になったので、買い出しに行って、コロッケを仕込む。<br />
コロッケぐらいで「手の込んだ料理」は言い過ぎだと言われそうが、コロッケは油を使う行程が二段階あるので、ウチダ的には「ミートボールカレー」とともに「手の込んだ料理」に類別されるのである。<br />
狭い台所だから、一回油をつかったあとに、全部片付けて、鍋も洗って、また揚げ物をするのはけっこう大変なのである。<br />
下ごしらえができたので、タネが冷えるまでのあいだ、ずっと放置してあった光文社の『メディアと知』のゲラに手を入れる（２年くらい放置してあった・・・古谷さん、すみません）。<br />
この原稿のもとになった授業をやっていたのはリーマンショックの前なので、成果主義や転職サイトの話題が出て来る。<br />
もう遠い昔のことのようである。<br />
世の中の雇用制度はまた終身雇用・年功序列にゆっくりと戻りつつある。<br />
終身雇用・年功序列というのは要するに「上司は考課しない」ということである。<br />
とりあえず、みんなに似たような仕事をさせ、いっしょに昇給昇格させる。<br />
何年か経つと仕事の出来不出来にはっきりとばらつきが出てくる。<br />
別に上司が目を血走らせて考課しなくても、まわりの全員が「この人は仕事できるなあ」「あ、こいつはダメだわ」ということがわかる。<br />
そういう評価が定着したころに、本給はいじらないで、業務内容で差をつける。責任範囲や部下の数や使える経費の多寡で差をつける。<br />
そうやって１５年も働けば、重役コースと課長止まりのどちらの「トラック」に自分はいるのかくらいは本人にもわかる。<br />
年功序列のいいところは評価コストがゼロで済むことと、評価に本人が文句を言わないこと、そしてなによりも「開花するのに長い時間がかかる能力」をとりこぼさないことである。<br />
人間の能力のうちには短期的に開花するものと、起動するまでに長い時間を要するものがある。<br />
スケールの大きな能力は膨大な「無駄飯」を喰わないと起動しない。<br />
日本社会は久しくこの「無駄飯」を惜しんだ。<br />
投下した資本が即日回収できるようなタイプの能力開発に必死である。<br />
現に書店のベストセラーコーナーを見ればわかる。<br />
「２週間でめきめき英語ができる」とか「この資格を取れば年収倍増」とか「たったこれだけの努力で１０キロ減量」とかいうタイトルの本が８０％くらいを占めている。<br />
要するに「インスタント」ということである。<br />
できるだけ短い時間でできるだけ多くの効果が上がるノウハウに人々は群がり寄る。<br />
気持ちはわかるが、 世の中には長い時間をかけないとできないことがある。<br />
たいせつなことのほとんどはそうである。<br />
「長い時間をかけて能力の熟成を待つ」ということを国民的規模で忌避したせいで、私たちは「たいせつなことのほとんど」と縁遠くなってしまった。<br />
終身雇用年功序列への復帰はこの「たいせつなこと」の欠落を感じとった人たちがあちこちに出てきたことを教えてくれる。<br />
結構なことだと思う。<br />
終身雇用年功序列はもうひとつの制度とワンセットになっている。<br />
それは「偕老同穴」である。<br />
そりゃそうでしょう。<br />
「長い歳月をかけて発現する能力の発芽」を待てるマインドと「長い歳月をかけて果たされる人間的成熟」を待てるマインドは構造的に同一のものだからである。<br />
それは子どもの成長をのんびりと待つことのできるマインドとも同一のものである。<br />
私たちの社会はそういうふうにして、少しずつスピードダウンしつつあるのだと私は思う。<br />
投資したものがすぐに利子付き即金で戻ってくるようなビジネスモデルを人事にあてはめるようなものの見方はゆっくりと廃れつつある。<br />
ありがたいことである。</p>]]>
      
   </content>
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   <title>業務連絡</title>
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   <published>2010-01-28T00:39:16Z</published>
   <updated>2010-01-28T01:06:28Z</updated>
   
   <summary>本日、大倉流宗家の大倉源次郎先生のイベントに「飛び入り」で参加して、大倉先生おし...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tatsuru.com/">
      <![CDATA[<p>本日、大倉流宗家の大倉源次郎先生のイベントに「飛び入り」で参加して、大倉先生おしゃべりをします。</p>

<p>『雪月花』 <br />
“白居易”の“漢詩”「寄殷協律」の一句「雪月花時最憶君（雪月花の時 最も君を憶ふ）」による語。“雪”・“月”・“花”という自然の美しい景物を指す言葉をモチーフにお送り致します。<br />
 <br />
ＲＯＹＡＬＨＯＲＳＥ特別企画「お能の夕べ　Vol.6」</p>

<p>【大倉流　小鼓方十六世宗家　大鼓方宗家預り　大倉源次郎(小鼓）<br />
喜多流　長島　茂（シテ方）】 ・開場時間：17:00　・開演時間：19:30／21:00<br />
・チャージ料金：S=3,150円　A=2,500円　barcounter=1,000円<br />
 <br />
曲目は雪が「高砂」「柏崎」月が「融」「斑女」花が「桜川」</p>

<p>ロイヤルホースのアクセスは<br />
<a href="http://www.royal-horse.jp/access/index.html">http://www.royal-horse.jp/access/index.html</a><br />
です。</p>

<p>お近くを通りかかった方、どうぞおいでください。</p>]]>
      
   </content>
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   <title>基地をめぐる思考停止</title>
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   <published>2010-01-27T05:30:39Z</published>
   <updated>2010-01-27T06:37:56Z</updated>
   
   <summary>名護市長選挙で、普天間基地の県内移転に反対する候補者が当選し、これにより０６年に...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tatsuru.com/">
      <![CDATA[<p>名護市長選挙で、普天間基地の県内移転に反対する候補者が当選し、これにより０６年に自公政権が米政府と合意した米軍キャンプ・シュワブ沿岸部（名護市辺野古）への移設が困難となった。<br />
鳩山政権は移設先の見直し作業を加速させる方針だが、米側は当初の合意の履行を求めており、解決のめどは立っていない。<br />
普天間基地問題は無数の「問題」のかたまりである。<br />
基地そのものが地域住民の生活被害をもたらしており、その除去を求める生活者の「民意」がある。<br />
基地経済に依存してきた沖縄の政官業複合体にとっては、基地は中央からの予算と公共投資を引き出すための「人質」である。<br />
日本政府にとって、基地の県外国外撤去を求めるということは、沖縄米軍基地の核抑止力が戦後６５年間の「平和」を担保してきたという「政治的常識」に疑問をなげかけることを意味する。<br />
アメリカ国民にとって、西太平洋に展開する米軍基地は１９世紀末の米西戦争でフィリピン、グアムを手に入れて以来、太平洋戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争とアメリカの青年たちの血で贖ってきた「アジア覇権」の象徴であり、ここから「撤退する」ということは、１９世紀以来のアメリカの国是であった「西漸戦略」そのものの間違いを認めることを意味する。それは国民的統合の「物語」に亀裂を走らせるだろう。<br />
というように、基地問題かかわっている人々の「譲れない一線」にはさまざまなものがあるが、その「一線」はどれも水準が違う。<br />
名護市市民の「生活実感」とアメリカ国民の「国民統合幻想」を比べて「どちらを優先させるべきか」というような議論をしても始まらない。<br />
それぞれに切実であり、その「切実さ」の種類が違うからである。<br />
だが、正解がない問題は解けないということでもない。<br />
現に、人間世界のもめごとの過半は解がないにもかかわらず、私たちはけっこうやりくりしてきたのである。<br />
全員が満足するような解がみつからない問題については、「全員が同じ程度に不満足なあたりを『おとしどころ』にする」というのが政治の骨法である。<br />
「三方一両損」である。<br />
ただし、「全員が同じ程度に損をするおとしどころ」を提唱する人間にはひとつの資質が要求される。<br />
『三人吉三』でも『大岡裁き』でも、そうだが「全員が痛む和解案」を持ち出すのは、和尚吉三であれ大岡越前であれ、その場でいちばん実力のある人間である。<br />
「どうだい、オレもここは損をかぶる覚悟だから、どちらも引いちゃくれねえか」という台詞をぐいっと渋く唸るのが調停の骨法である。<br />
沖縄に限らず、東アジアにおける基地問題は、アメリカが「和尚吉三」や「大岡越前」の役を演じれば、たぶん解決する。<br />
でも、アメリカにはそんな役を演じる気がない。<br />
アメリカはこれまで実に多くの国際紛争の調停を試みてきたが、「調停者」としての能力はきわめて低い。<br />
日本の政治学者で「アメリカは調停能力が低い」ということをはっきり指摘する人は少ない（私は見たことがない）が、アメリカは敵対関係にある二者を中立的立場から調停する能力が非常に低い国である。<br />
かの国の政治家や外交官の個人的な知的なクオリティの高さと比べたとき、彼らの周旋能力が「異常に低い」ことには私たちもいい加減気づいてよいと思う。<br />
知的に卓越している人間が、ある領域の活動に限っていきなり思考停止するというのは「よくあること」である。<br />
それはそれが彼らの国民的統合の「クッションの結び目」point de capitonである場合である。<br />
アメリカの国民的統合は「敵対関係をどちらもちょっとずつ損するというような落としどころで調停することはできない」という原則の上に成り立っている。<br />
植民地と本国の「それぞれ譲れないお立場というものがあるわけですから、どうですここはひとつナカとって・・・」というような調停者の介在を許したら、そもそもアメリカ合衆国という国は存在しなかったのである。<br />
いかなる調停も拒否。私は絶対正しいので譲歩しない、と言い募ることでアメリカは今日の大をなした。<br />
その成功体験がアメリカ人において「調停」や「譲歩」や「落としどころを探る」といった種類の政治的技術を涵養することを妨げた。<br />
この選択的な領域における政治的無能は基地問題のようなデリケートな問題においてとりわけ前景化する。<br />
アメリカはご存じのようにキューバにグァンタナモ軍事基地というものを所有している。<br />
どうしてアメリカがキューバ国内に「飛び地」を領有しているのか、その理由を知っている人はあまり多くない。<br />
キューバでは１９世紀なかごろから宗主国であるスペインの植民地支配からの独立を求める民族解放闘争が展開していた。独立運動がスペインを押し戻し、全土の半分ほどを支配し、独立戦争の勝利が目前に迫ったときに、ハバナに停泊していたアメリカ合衆国の戦艦メイン号が原因不明で爆沈した。<br />
これをスペインの敷設した機雷との接触と判断したアメリカは、反スペイン感情で過熱した世論を背景に、キューバ独立戦争へ武力介入。キューバ全島からスペイン軍を駆逐した（メイン号爆沈の原因はその後の調査でエンジントラブルによる自損事故だったという解釈が定説になっている）<br />
そして、アメリカの属領化した。<br />
1902年制定のキューバ憲法にはプラット修正条項なる項目が存在するが、そこにはアメリカの内政干渉権を認めること、グァンタナモ、バイア・オンダの二箇所に恒久的な米軍基地を置くことが規定されていた。<br />
そのようにしてアメリカは1903年にグァンタナモ湾を永久租借し、今に至るのである。<br />
アメリカの在外軍事基地についての考え方の基本は、このグァンタナモ基地の所有に示されると私は考えている。<br />
アメリカ国民の過半は今でもグァンタナモ軍事基地を所有していることは「政治的に正しい」と信じている。<br />
オバマ大統領もグァンタナモ基地へのテロ容疑者の収監と拷問については批判的で、収容施設の閉鎖については提言しているが、基地そのものの返還については言及していない。<br />
そんなことに言及したら「売国奴」呼ばわりされることがわかっているからである。<br />
アメリカが沖縄の基地を返還するということがありえないのは、保守派の政論家たちが言うように、それが対中国、対北朝鮮の軍事的拠点として有用だからではない。<br />
軍事基地が有用であるように見えるように、アメリカは対中国、対北朝鮮の外交的緊張関係を維持しているというのがことの順序なのである。<br />
軍事基地を他国領内に置く合法的な理由は、「そこに軍事的緊張関係があり、それをコントロールすることがアメリカの責任である」という言い分以外にないからである。<br />
だから、沖縄の基地問題は、単なる軍事技術や外交の問題ではなく、アメリカが「思考停止に陥るマター」という国民的トラウマの問題だと申し上げているのである。<br />
基地問題を論じるさまざまの文章を徴するときに、「アメリカがそもそも他国領内に軍事基地を持つことにいかなる合法性があるのか？」という根本的な議論はきまってニグレクトされている。<br />
それはアメリカ人がその論件については自動的に思考停止に陥るからであり、アメリカ論を「アメリカ人がアメリカを論じるフレームワーク」で語るすべての「専門家」もひとしくその「思考停止という病」に罹患しているからである。</p>]]>
      
   </content>
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   <title>隠居計画と「浮き歯」のかなしみ</title>
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   <id>tag:blog.tatsuru.com,2010://1.2355</id>
   
   <published>2010-01-24T07:48:45Z</published>
   <updated>2010-01-24T07:49:16Z</updated>
   
   <summary>いろいろなところから毎日のように仕事の依頼が来る。 朝起きて、メーラーを開いて、...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tatsuru.com/">
      <![CDATA[<p>いろいろなところから毎日のように仕事の依頼が来る。<br />
朝起きて、メーラーを開いて、何通も何通も「貴意に添えずに申し訳ありません。どうぞ窮状ご諒察の上、ご海容ください」と書くにもさすがに疲れてきた。<br />
というわけなので、なぜ私が「仕事ができないのか」その事由について、ここで改めて明らかにしておきたいと思いますので、よく読んでね。<br />
（１）2010年２月３月については「入試ハイシーズンであり、入試部長として入試業務の統括責任者の立場にあり、時間的にも精神的にも、新規の仕事を入れるような余地がありません」<br />
（２）2010年９月までについては「歯の治療中であり、8月末にインプラント移植が済むまで、２月以降数回のオペが予定されており、術後しばらくの期間は『うまくしゃべれない』状態が続きますので、人前で話すことができません」<br />
（３）２０１１年３月までについては「大学で過ごす最後の一年であり、学外での仕事は原則としてお断りし、教育と学務に専念したいと思っております」<br />
（４）2011年４月から１０月までについては「退職後半年間は、すべての公的活動から離れ、『隠居』生活でゆっくりと年来の疲れを癒したいと考えております」<br />
ご覧の通り、来年の１０月までは私に何を頼んでもダメだということである。</p>

<p>「歯が浮く」というのはふつう「お世辞を言われた」場合の身体反応であるが、私の場合は、仮歯を固定する二本ビスのうちの一本が取れてしまったので、歯が宙に浮いている状態を指している。<br />
これはたいへん面倒なものである。<br />
まず、しゃべっている間に「歯ががくがくする」のである。<br />
アニメで骸骨がしゃべっているときに、下顎骨が宙に浮いたままがくがく動くが、あれをご想像いただければよろしいかと思う。<br />
しゃべる方は黙っていればそれで済むのだが、歯が浮いているとご飯が食べられないのが困る。<br />
粘り気のあるものを口中に投じると、それといっしょに歯が浮き上がってしまう。<br />
下顎の歯列が宙にある場合に、何を以て「噛む」という動作をなせばよろしいのか。<br />
しかたがないので、口中に指を入れて、いったん歯列を下顎のしかるべき場所に押し戻し、その上で、ゆっくりと上下の歯列を動かし食物の切断を行う。<br />
ご存じのように歯というのはたいへん鋭利なものであり、まちがえて舌を切断したりしたらおおごとであるので、この作業は慎重を要する。<br />
一回咀嚼するごとに歯列の位置確認を行い、次の咀嚼行動に許可を出す。<br />
だからなかなかご飯を食べ終わらない。<br />
一昨日から家ではずっとお粥を啜っている。<br />
これは噛まなくていいので楽ちんである。<br />
昨夜はゼミの卒業生たちと梅田でイタリアンを食べた。<br />
前からの約束なので、いまさら「お粥じゃ、ダメ？」とは言い出せない。<br />
お肉などは噛み切れないので、「真鯛のカルパッチョ」と「茄子とトマトソースのパスタ」を選ぶ。<br />
カルパッチョは小さく切ればぱくぱく食べられるのだが、むずかしいのは生野菜である。<br />
歯がダメになるまで、「野菜は硬い」ということを知らなかった。<br />
生野菜というのはけっこう硬いものなのである。<br />
キュウリなんかけっこうすごい。<br />
キャベツの千切りも硬い。<br />
噛めないので、呑み込むことになるのだが、「キャベツの千切りを噛まずに呑み込んだ」ことがあるひとはすぐにご同意していただけるであろうが、ぜんぜん美味しくないのである。<br />
世の中には「よく噛まないと美味しくないもの」と「そのまま呑み込んでもけっこう美味しい」食物の二種があることを仮歯によって学んだ。<br />
意外なことに肉とか刺身とかは噛まずに呑み込んでも美味しく、野菜はよく噛まないと美味しくないのである。<br />
肉食獣というのは「がつがつと肉を喰らう」という感じがするが、あれはたぶん成長期の中学生といっしょで、食い意地が張っているせいで、ちょっと噛んだだけで、呑み込んでいるのである。<br />
その点草食獣というのは、硬い植物をゆっくり噛み砕き、ぐりぐりと反芻し、べとべとにしてからようやく呑み込むという感じがするのだが、それは真実だったのである。<br />
もっとも食べやすいのは「麺」である。<br />
麺の食べ方は「たぐる」である。<br />
いわば、「吸引」ですね。<br />
下方にある麺を上方に向かって、じゅるじゅると「吸い上げる」わけであり、噛むどころか、口腔なんか「あ、どうも」で通過して、もういきなり食道に直行するのが、麺の真骨頂である。<br />
吸引力さえあれば、歯なんかなくても平気である。<br />
年を取ってから、父が「夏は冷や奴と素麺くらいでいいよ」と言って、胡瓜のぬか漬けなんかにあまり手を出さなかったのは、歯のせいだったのかということを今頃になって理解した。<br />
それにしても早く手術を終えて、ばりばりと胡瓜を囓り、ビーフジャーキーを噛みちぎり、フランスパンを喰い切りたいものである。</p>

<p></p>

<p></p>

<p><br />
</p>]]>
      
   </content>
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<entry>
   <title>銀行と書評</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.tatsuru.com/2010/01/22_1024.php" />
   <id>tag:blog.tatsuru.com,2010://1.2354</id>
   
   <published>2010-01-22T01:24:12Z</published>
   <updated>2010-01-22T01:26:46Z</updated>
   
   <summary>水曜、木曜とひさしぶりにオフが続く。 でも、水曜は歯医者で５時間。木曜は銀行。 ...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tatsuru.com/">
      <![CDATA[<p>水曜、木曜とひさしぶりにオフが続く。<br />
でも、水曜は歯医者で５時間。木曜は銀行。<br />
銀行ではいつもように損失についてご説明を受ける。<br />
過去10年ほど、銀行に言われるままにドル預金をし、投資信託をし、保険に入り、そのすべてにおいて巨額の損失を出した。<br />
私は利殖に何の興味もないので、黙って定期預金にしていたのに、それを「こっちのほうが利率がいいですから」と執拗に誘われて付け替えたのである。<br />
別に利率のいい貯金をしたかったからではなく、あまりにうるさく営業されたので、断るのが面倒になって「はいはい」とはんこをついてしまったのである。<br />
こういうのを断るのはむずかい。<br />
「年利率が４～５％は見込めます」という営業トークに対して年利０．２５％の定期預金を死守するためには、「私は利息のつかない預金という形態をたいへん好もしく思っている」という心情をご理解いただくか、銀行マンに向かって「あなたの世界経済見通しは間違っている」ということを論拠を示して挙証せねばならない。<br />
私にはそのどちらもできなかった。<br />
さいわい、「銀行マンの経済見通しが間違って損をした」という厳然たる事実があるので、これから後は大手を振って「私は銀行の言うことは信用しないことにしている」ときっぱり宣言できるようになったというのが対銀行関係における私の唯一のゲインである。<br />
今回のご用は「金を借りないか」というご提案である。<br />
いま別に要らないからいいですとお答えする。<br />
ご存じのとおり、銀行には、「お金を貸して欲しい人」には貸さず、「お金が要らないひと」に貸そうとする趨向性がある。<br />
不思議な商売である。<br />
家に戻って原稿書き。<br />
『波』の原稿６枚、『文學界』の原稿６枚。<br />
私は人も知る「絶賛書評」家なので、私に注文が来るということは、「絶賛してね」というオーダーと解して過たない。<br />
「書評お願いします」と言われれば、とりあえず絶賛する。<br />
さいわい、書評で絶賛したせいで、たいへん困った事態に陥ったという事例にはこれまで遭遇したことがない。<br />
世の批評家たちのなかには絶賛しないどころか、書評でひとの本の欠点を論う人がいるが、あれはどうかと思う。<br />
書評というのは、いわば「本」の付属品である。<br />
鰻屋の前に立って、道行く人に向かって「ここの鰻は美味しいですよ」というのは赤の他人の所業でもつきづきしいが、「ここの鰻はまずいぞ」と言い立てるのはやっぱりお店に対して失礼である。<br />
つかのまとはいえ、先方の軒先を借りてるんだから。<br />
そういうことは自分の家に帰って、同好の士を集めて、「あそこはタレが甘いね」とか「ご飯が硬いんだよ」とかぼそぼそ言えばよろしいのではないかと思う。</p>]]>
      
   </content>
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   <title>廃県置藩について</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.tatsuru.com/2010/01/21_1615.php" />
   <id>tag:blog.tatsuru.com,2010://1.2353</id>
   
   <published>2010-01-21T07:15:15Z</published>
   <updated>2010-01-21T07:15:35Z</updated>
   
   <summary>歯の治療がそろそろ佳境に入りかかっている。 このあと上の三本の歯の基盤つくりのた...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tatsuru.com/">
      <![CDATA[<p>歯の治療がそろそろ佳境に入りかかっている。<br />
このあと上の三本の歯の基盤つくりのために、副鼻腔の「掃除」というのをして（何をするのかわからないだけにちょっと怖い）、下の歯の左奧にインプラント手術。これは最初のインプラントがうまく定着しなかったので、やり直しらしい。<br />
先日、歯の先端が欠けて、しばらく舌が痛かった（尖った先端で、舌の横を「ヤスリ掛け」していたせいである）。<br />
食べると痛いし、しゃべっても痛い。<br />
だったら早く歯医者に行けばいいじゃないかとおっしゃる向きもあるだろうが、歯が割れたのが１５日のことである。センター入試を「お休み」してよろしいなら私も早速に歯医者に行きたかったところである。<br />
だから18日に平松大阪市長を囲んで、鷲田先生、釈先生、江さんらと会食したときも、歯が欠けたままだったので、実はしゃべるのがけっこう大変だったのである。<br />
そろそろと舌で歯の尖ったところを探って、「クリアー」という報告が来てから、おもむろにしゃべり出す。<br />
私のように「思考より速く舌が回る」ことで生計を立てている人間にとってはまことにつらいことである。<br />
さいわい20日に３時間かけて仮歯を修復して、とりあえずしゃべっても痛くない口になった。<br />
やれやれ。<br />
インプラントのビスが一本なくなったので、ネジ一本で下の歯列は宙に浮いた状態で顎につながっている。<br />
だから、仮歯列の下はスカスカである。<br />
歯間ブラシを前から歯茎の下に差し込むと先端が口腔内に抜けるのである。<br />
おお。<br />
ターミネーターＴ８００モデル気分である。<br />
ご飯を食べているときに、この歯列の下に食べ物が潜り込むと、なんともいえない気分になる。<br />
歯茎の下に食べ物がある。<br />
歯が揃っている人は永遠に経験できない種類の不思議な感触である。<br />
ふつうの人ができないこういう経験をすると、なんだか「得した気分」になる。<br />
ハッピー・ゴー・ラッキー。<br />
18日に平松市長にお会いした話を書いていなかった。<br />
市長にお会いするのは二度目である（前は懐徳堂シンポジウムのとき）。<br />
そのときも鷲田先生、釈先生と四人で教育についてお話をした。プロデューサーは江さんと大阪２１世紀協会の山納洋さん。<br />
そのときとほぼ同じメンバーで「新年会」。<br />
集まったのは、梅田のComptoire Benoit。<br />
アラン・デュカスのお店である。<br />
山本画伯の展覧会のオープニングパーティにちょっとだけ顔を出して、みなさまにせわしなくご挨拶してから、定刻ぎりぎりに会場に到着。<br />
さっそくシャンペンで乾杯して、お料理の説明を伺う。<br />
野菜がたいへん美味しい。<br />
「美味しいですね、この野菜」というと、「はい、当店では、淡路島の特約農場から野菜を取り寄せておりますから」とお答えが来る。<br />
淡路島の農場・・・<br />
それはもしかして倭文（しとおり）土井の。<br />
おや、よくご存じで。タチバナさんという方のお作りになった野菜です。<br />
こ、これはびっくり。<br />
ご存じの通り、倭文土井の甲南醸造所と私は深い関係がある。<br />
「美味しいですね」と言われたら、「どうも、ありがとうございます」とみなさんにお礼を言わねばならないほどに深い関係である。<br />
もちろん、江さんが橘さんとアラン・デュカスを繋いでくれたのである。<br />
ありがたいことである。<br />
自分の農場で採れた野菜を超一流フレンチレストランのアレンジで市長と談笑しつつ食するという、なんだかこれは『アンナ・カレーニナ』的状況である。<br />
当然たいへん「得した気分」になる。<br />
平松市長は前にも書いたけれど、まことに「紳士」である。<br />
柔らかい関西弁で話されるのだが、聴いているだけで「いい気分」になるくらいに響きのよい声である。<br />
私はつねづね申し上げているように、人間の人品骨柄を判定するときにその人の「声」を基準にしている。<br />
おしゃべりは当然のことながら地方行政の話が中心となる。まことに興味深くい話を多々伺った。<br />
改めて、地方自治はどうあるべきかについて考えた。<br />
そしたら、翌日の大学院のゼミで渡邊仁さんが「廃県置藩」について発表をしてくれた。<br />
なんとシンクロニシティ。<br />
地方自治はサイズの小さい、直接市民と顔を触れあうことのできる基礎自治体を中心にし、都道府県という中途半端なサイズの行政組織はむしろ解体したほうがよろしいのではないかという「廃県置藩」論は私のかねてより説くところである。<br />
だが、現在の地方分権にかかわる議論の主流は、都道府県よりもさらにサイズ大きい自治体を基礎単位とすべしという「道州制」論である。<br />
私にはこのアイディアがよくわからない。<br />
「道」というのは中国の行政単位である。<br />
唐には十道があり、中国の官制を真似た朝鮮には八道があった。<br />
日本でも律令制下、天武天皇のころに､京都から通じる道を軸にして、おおきな「くくり」を作ったことがある。<br />
畿内を五国（山城、大和、河内、和泉、摂津）、それ以外を七道（東海道、北陸道、山陽道、山陰道、東山道、西海道、南海道）に分かったのである。<br />
だが、これは交通路を中心に構想された､動的な国土のとらえ方であり、一般的な意味での行政単位ではない。<br />
行政組織があったのは、西海道だけである（ここには軍事上の理由から太宰府という地方行政機構が置かれた）。<br />
どう考えても、道は行政単位ではない。<br />
第一広すぎる。<br />
例えば、東山道は近江、美濃、飛騨、信濃、上野、下野、陸奥、出羽の八国を含んでいたが、これを現在の行政区分でいえば滋賀、岐阜、長野、群馬、栃木、福島、宮城、岩手、秋田、山形、青森である。<br />
それらの地域を「物産と人間の通り道」としてひとまとまりのものとして感知した古代人の地理感覚は、たぶん現代人よりずっとダイナミックである。<br />
古代に「道」を構想した人々が持っていて、現代人にないのは、列島を縦横に「歩く」人たちの身体感覚に基づく空間把握である。<br />
「道州制」を論じている人たちがどういう身体感覚に基づいて区分について考えているのか、私は知らない。<br />
なんとなく、当該地域の人口とか事業所数とか法人税額とか年齢構成とかの「数値」をあれこれいじりまわして区切りを論じているのではないかと思う。<br />
実際に日本列島を自分の足で歩き回ってみて、「このへんとこのへんて、なんかで繋がってるよね」という身体実感を得た人がはじめて「道」というようなダイナミックなくくりかたをできるのではないか。<br />
地方自治を論じる人たちに欠けているのは、集団形成の基本になるのは「私はこの共同体に帰属し、この場所に根づいている」という身体実感だ、という考え方である。<br />
この身体実感はたしかに多分に幻想的なものである。<br />
「イデオロギー的」と言ってもいいかも知れない。<br />
けれども、この「半ばイデオロギー的な身体実感」を手応えのある、具体的な厚みのあるものとするための努力はただの「口舌」では尽くされない。<br />
言説や算盤勘定以外の「何か」がなければ、共同体は基礎づけられない。<br />
当今の地方自治議論に私はこの「何か」をまっすぐとらえようとした論のあることを知らない。<br />
私はそれなら、中世以来、私たちがその区分になじんできた「６６国」や「３００諸侯」について、それをどうして先人たちは基礎的な行政単位として選択したのか、その「由来」について考えてみてはどうかと思うのである。</p>]]>
      
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   <title>卒後教育の要件</title>
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   <published>2010-01-20T02:35:52Z</published>
   <updated>2010-01-20T02:36:12Z</updated>
   
   <summary>A日新聞の取材が続いて、今回は「仕事中おじゃまします」という企画。 入試部長とし...</summary>
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      <![CDATA[<p>A日新聞の取材が続いて、今回は「仕事中おじゃまします」という企画。<br />
入試部長として執務しているところを撮影して、その仕事の苦労談を語るという趣向である。<br />
入試のハイシーズンに、入試部長がアドミッションポリシーについて語る記事を無料で全国配信してくださるという、他大学の入試担当者が聴いたら嫉妬の余り壁をかきむしりそうなお話である。<br />
機会を賜ったのを奇貨として、神戸女学院大学がいかにすばらしい大学であるか、高等教育の社会的責務とは何かについて持論を申し上げる。<br />
話しているうちに、記者のかたが奇妙な動物でも見るように私をみつめている。<br />
自分が属している組織に対して「忠誠心」を示すということは別に珍しいことではないが、学者がそういうふるまいをするのはわりと例外的だかららしい。<br />
なるほど。そうかも。<br />
だって、A日新聞の記者はA日新聞の悪口しか言わないもの、という話になる。<br />
私が会った限りのすべてのA日新聞社の記者たちは自社の悪口を言っていた（中にはすばらしく切れ味のよいものもあった）。<br />
新聞社はどこもだいたいそうである。<br />
出版社はそれほど自虐的ではない。<br />
S潮社、B藝春秋の編集者から自社の悪口はあまり聞いたことがない。<br />
社風なのかもしれない。<br />
あるいはそれぞれのメディアの「寿命」と多少は関係があるのかも知れない。<br />
寿命といっても、会社の寿命ではないですよ（怒らないでね）。<br />
そうではなくて、媒体の出版頻度のことである。<br />
出てから捨てられるまでのインターバルのことである。<br />
日刊紙や週刊誌の記事は判断が速く、断定的である。<br />
ことの良否をその日その週のうちに断定して、翌日翌週にはそんな判断を下したことさあえ忘れてしまうというのがこれらの「短命なメディア」の手柄でもある。<br />
発行のインターバルが長いほど良否の判断は遅くなる。<br />
「ナントカさんはすばらしい人です」という記事を月刊誌に入稿したあとに、そのナントカさんが「覚醒剤所持で逮捕」とか「脱税で事情聴取」ということになったら記事の差し替えとかで大変である。<br />
だから、月刊誌や季刊誌では、「まあ、当分この件についての評価はぶれないでしょうね」という論件しか扱わないようになる。<br />
単行本はさらにそうである。<br />
うっかりしたら5年くらいは売ろうという算段なわけだから、今日明日で評価が一変するようなネタは扱うわけにはゆかない。<br />
新聞記者はだいたいシンプルでわかりやすい結論を求める。<br />
「だから、要するにセンセイはこうおっしゃりたいわけですよね」という「まとめ」にさくさくと入るのは新聞記者たちである。<br />
単行本の編集者はもうすこし「ぽわん」としている。<br />
この人の話はこの先どこに着地するのかわからないけれど、まあしばらく様子を見ましょうというのが単行本担当編集者の基本的な構えである。<br />
だから、新聞記者たちは自分たちの会社についても「さあ、どういう会社なんでしょうね。よくわかんないですねえ。でも、けっこう居心地いいかも・・・」というような曖昧な評価を口にしない。<br />
さくっと「ダメです」と言い切ってしまう。<br />
そういうことなのではないかと思う。<br />
これは教育にも通じるなと思った。<br />
結果を急ぐ教育者がおり、結果はまあ先のことなんだから、急がなくていいよという教育者がいる。<br />
ひさしく私たちの社会では「いいから結果を早く出せ」というワーディングが支配的であった。<br />
「日刊紙的」と申し上げてもよろしいであろう。<br />
教育のアウトプットは速ければいいというものではないと私は思う。<br />
もちろん速くてもいいのだけれど、教育効果が速く出るかどうかということは副次的なことだろうと思っている。<br />
私は「卒後教育」ということをつねづね申し上げているけれど、学校教育というものは卒業したら「おしまい」というものではない。<br />
卒業したあとも教育は続く。<br />
卒業時点での成績だの資格だの免状だのスコアだので教育効果を測定することはできない。<br />
卒業生たちが臨終の床において「ああ幸福な人生だったなあ」と振り返ることができるようになるためには、卒業後の自己教育が不可欠である。<br />
卒業後の自己教育をどう進めるか。<br />
そのための基礎づくりを学校は担うのだと思っている。<br />
卒後自己教育にいちばん必要なのは、彼ら彼女ら自身の自分自身に対する「好奇心」である。<br />
私はいったいどんな人間なんだろう、私の中にはどのような未知の資源が眠っているのだろうという問いがずうっと頭の上にクエスチョンマークで点灯している限り、自己教育は続くはずである。<br />
善きにつけ悪しきにつけ、軽々に自己評価を下さないということが、たぶん卒後教育の必須条件である。<br />
自分自身に対する好奇心、あるいはささやかな敬意。<br />
それを学生たちのなかに植え付けることが教育機関のたいせつな仕事ではないかと思う。<br />
そのためには例えば教師自身が自分たちが働いている当の教育現場について「好奇心」と「ささやかな敬意」を持ち続けていることが必要だろう。<br />
この学校はどのような召命を託されてこの世に存在するのだろうか？この学校は開花することを待望しているどのような潜在可能性があるのだろうか？<br />
そういう問いを立てている教師たちからなら、学生たちは「自己評価を急がない」というふるまいかたを学ぶことができるはずである。</p>]]>
      
   </content>
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   <title>第一回タツルカップのゆくえ</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.tatsuru.com/2010/01/19_0858.php" />
   <id>tag:blog.tatsuru.com,2010://1.2349</id>
   
   <published>2010-01-18T23:58:02Z</published>
   <updated>2010-01-19T14:41:52Z</updated>
   
   <summary>新潮社とミシマ社の共催で、「第一回タツルカップ」というものが開催されました。 な...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tatsuru.com/">
      <![CDATA[<p>新潮社とミシマ社の共催で、「第一回タツルカップ」というものが開催されました。<br />
なんじゃらほいとお思いでしょうが、これがですね、書店の「ポップ」のコンクールなんですね。<br />
私は残念ながら、センター試験の渦中にありましたので、ご無礼いたしましたが、<br />
いろんなイベントがあったみたいです。<br />
それにつきましては、足立さんからのご報告と告知を以下に転載しておきましたので、お読みください。<br />
みなさん、どうもありがとうございます。</p>

<p><br />
　タツラーの皆様へ<br />
　（書店員さんへの告知もあります！）<br />
　<br />
　１月16日に開催された「タツル・カップ」についてご報告です。<br />
　参加書店さんのあたたかい愛情に恵まれ、<br />
　かけつけてくださった方々に支えられ、<br />
　ミシマ社さんのすばらしいチームに囲まれ、<br />
　ミシマ社さんと新潮社との共催という形で、<br />
　自由が丘のミシマ社さんにて無事に終わりました。</p>

<p>　無事に、というのは違うかもしれません。<br />
　大盛り上がりで、終わりは終電ぎりぎりでした。<br />
　その場にいらしたら、内田先生は、<br />
　嬉しくて泣いちゃったかもしれません（笑）。<br />
　<br />
　17時から、自己紹介をしつつお互いご挨拶<br />
　18時まで、３、４人のグループに分かれて、<br />
　内田樹本をどう売るかについてディスカッション＆プレゼン<br />
　18時半までに、それぞれPOP作り <br />
　19時から、新年会。<br />
　冒頭で作成POPを発表、新年会参加者に投票いただき、<br />
　20時ごろ、結果発表！</p>

<p>　POP作成だけにとどまらず、<br />
　いろいろなアイディアを頂戴いたしました。<br />
　次のステップへの弾みと期待も感じています。<br />
　第二回タツル・カップ開催も検討しているところです。</p>

<p>　優秀賞はフタバ図書守谷店の赤塚亮子さん！<br />
　ずばりそのPOPは、こんなです！<br />
　「辺境（日本）でよかったな」編です。<br />
　ほか、ベスト３までぜひご覧ください。</p>

<p><img alt="タツル・カップ第一位　フタバ図書赤塚さん" src="http://blog.tatsuru.com/images/tatsuru_cup_1.jpg" width="100%" /><br />
　<br />
　第２位はオフィスキントンの加藤愛子さん。<br />
　デザイナーさんです。「日本人への処方箋」編。</p>

<p><img alt="タツル・カップ第二位　オフィスキントン加藤さん" src="http://blog.tatsuru.com/images/tatsuru_cup_2.jpg" width="100%" /></p>

<p>　第３位はジュンク堂池袋本店の大内達也さん。<br />
　「世界地図」編です。</p>

<p><img alt="タツル・カップ第三位　ジュンク堂大内さん" src="http://blog.tatsuru.com/images/tatsuru_cup_3.jpg" width="100%" /></p>

<p>　すばらしい作品をありがとうございました！</p>

<p>　ちなみに、16日にいらっしゃれなかった書店の方へお知らせです。<br />
　２月10日までPOPを郵送でご応募いただけます（書店員さん限定です）。<br />
　以下までぜひお送りくださいませ。<br />
　〒1628711<br />
　東京都新宿区矢来町71　新潮社　出版部内　タツル・カップ応募係<br />
　<br />
　内田先生との審査を経て、<br />
　「大賞」「ミシマ社賞」「新潮社賞」などを決定いたします。<br />
　ふるってご応募ください。</p>

<p>　なお、優秀賞の賞品は、「内田樹福袋」でした。<br />
　内田先生のお勧めの本を数冊、<br />
　猫マンガや一言に加えてサインを頂戴したものです。<br />
　ちなみに、これらの本は、<br />
　ジュンク堂書店西宮店で購入させていただきました。<br />
　こちらでは、「ジュンク堂は内田樹を応援します」フェアを<br />
　『日本辺境論』発売直後から展開してくださっています。<br />
　地道さん、山下さん、ありがとうございます。<br />
　<br />
　タツル・カップ。<br />
　三島さんとの「なにかやりましょう」から始まった、<br />
　どうなるのか私たちにもわからない企画でしたが、<br />
　大成功となりました！<br />
　「今度なにをやるの？」という参加書店員さんの言葉を<br />
　勝手に励みにしつつ、次回につなげていければと思っております。</p>

<p>　三島さんの熱い思いがこもったブログは以下の通りです。<br />
　<a href="http://blog.mishimasha.com/?eid=931872">http://blog.mishimasha.com/?eid=931872</a><br />
　<br />
　参加してくださった方々に心より感謝をこめて。</p>

<p>　新潮社　出版部　足立真穂</p>

<p><img alt="タツル・カップ" src="http://blog.tatsuru.com/images/tatsuru_cup_pop.jpg" width="100%" /><br />
　</p>]]>
      
   </content>
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   <title>ラジオ聴いてね</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.tatsuru.com/2010/01/18_1212.php" />
   <id>tag:blog.tatsuru.com,2010://1.2348</id>
   
   <published>2010-01-18T03:12:41Z</published>
   <updated>2010-01-18T03:14:08Z</updated>
   
   <summary>業務連絡です。 平川くんとの連続ラジオ対談「ほぼ毎月、話半分」（というようなタイ...</summary>
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      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tatsuru.com/">
      <![CDATA[<p>業務連絡です。<br />
平川くんとの連続ラジオ対談「ほぼ毎月、話半分」（というようなタイトル、違うかも知れない）<br />
が始まりました。<br />
ダウンロードして聴いてね。</p>

<p><a href="http://www.radiodays.jp/item/show/200313">http://www.radiodays.jp/item/show/200313</a></p>]]>
      
   </content>
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   <title>ああ、疲れた</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.tatsuru.com/2010/01/18_1204.php" />
   <id>tag:blog.tatsuru.com,2010://1.2347</id>
   
   <published>2010-01-18T03:04:26Z</published>
   <updated>2010-01-18T03:07:48Z</updated>
   
   <summary>ああ、疲れた。 センター入試が終わって、家に戻って、焼きそばを作って食べて、ビー...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tatsuru.com/">
      <![CDATA[<p>ああ、疲れた。<br />
センター入試が終わって、家に戻って、焼きそばを作って食べて、ビールで流し込んだら、猛烈に眠くなって、１０時半にベッドに潜り込んで寝てしまった。<br />
さすがに疲れます。<br />
センター入試のミスは翌日には新聞報道され、ひろく天下の知るところとなる。<br />
そして、「ミスの種子」にはそれこそもう天文学的な数のパターンがあるのである。<br />
昨日は「汚損答案」の処理について、ひとしきり議論がなされた。<br />
汚損答案というのは、問題を解答しているうちに、なんらかの理由でマークシートが汚れて、読み取りに支障が出そうな場合、解答用紙を交換することである。<br />
試験終了１０分前までなら用紙を交換して、転記してもらう。試験終了後は受験生はもう用紙には触れないので、「汚損答案」というものは発生しないはずなのだが・・・<br />
「たとえば、そのとき鼻血がブッと出て、答案にこぼれた場合」とか「興奮のあまり、答案用紙にゲロを吐いてしまった場合」などに監督者はどう対応すべきかと訊かれて困惑してしまった。<br />
どうすればいいんでしょうね。<br />
そのほかにも、監督者が答案を持ち帰る途中でけつまずいて転んで、答案用紙をドブに落としてしまった場合とか、どうすればよろしいのか。カラスがウンコを垂れた場合にはどうすればよろしいのか。<br />
とにかく無数のトラブルが想定されるわけで、それらを網羅的に列挙してそれぞれについて正しい対応をマニュアルに書き加えてゆくと、いずれマニュアルは電話帳の数冊の厚さとなり、試験監督者たちがそれを通読し、内容を暗記しようとすれば、一年中「翌年のセンター試験のマニュアル暗記のため」に授業は休講、研究は滞り、会議ではみな内職ということになりかねない。<br />
いや、冗談抜きに、いまでさえ入試部長用マニュアルは４冊、厚さはすでに神戸市の電話帳を超えているのである。<br />
結局、こういうものは「ま、現場現場でですね、常識的にご判断いただいてということでですね・・・」ということでやる他ないのである。<br />
その「常識的」が通らないのがつらいところで、うるさくクレームをつけてくる受験生や親たちがいると、大学側はたいへん弱腰に対応することを余儀なくされるのである。<br />
咳をする人がいる、貧乏ゆすりをする人がいる、監督者の足音がうるさい、はちまきをしているやつがいる、隣の人の香水がきつい、カラスの鳴き声がうるさい・・・ひどいのは（これは去年ほんとうにあったのだが）「となりの受験生の答案を書く鉛筆の音がうるさいから、なんとかしろ」というクレームさえあった。<br />
そういうのは閾値以下の「生活騒音」とされるはずなのだが、「生活騒音」と「我慢できないこと」の境界線は限りなくグレーなのであり、主観的に「耐え難い」と主張されれば、「そういうものかな」と応じる他ない。<br />
でも、受験生だったことのある人間ならわかるはずだが、試験解答に集中している人間には外界からの五感への入力はきわめて低いのである。<br />
ほんとはね。<br />
試験というのは「与えられた環境でベストを尽くす」ことのできる能力を問うものであって、「ベストの環境でなければベストが出せないからベストの環境を用意しろ」というような他責的な言葉づかいが不用意に口を衝いて出て来るような子どもはこのせちがらい世を長生きできぬのではないかという疑念がみなさまのうちにふっと兆しても私は「そういうこともあるかもしれない」と静かに応じたいと思うのである。<br />
とにかく、そういうわけでたいへん疲れる二日間であったが、無事に「出棺」の儀を終える。<br />
これはどの大学でも期せずしてそう呼ぶらしい。<br />
マークシートは金属製の箱に入れられて厳重に梱包されて、コンテナ車に積み込まれ、ガチャンと施錠されて警察や警備会社の車を伴って入試本部から送り出されるのであるが、それを学長以下の入試スタッフがしずしずと合掌して見送るさまは「出棺」以外のなにものでもない。<br />
ああ、疲れた。<br />
でも、この苦役もあと一回でおしまいである。<br />
来年の今日からあとは、もう二度とセンター試験に関与せずに済む。<br />
それを思うだけで、頬が紅潮し、動悸が高まるほど、うれしい。</p>]]>
      
   </content>
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   <title>たいへんです</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.tatsuru.com/2010/01/17_0642.php" />
   <id>tag:blog.tatsuru.com,2010://1.2345</id>
   
   <published>2010-01-16T21:42:45Z</published>
   <updated>2010-01-16T21:43:04Z</updated>
   
   <summary>日記が更新されていないのは、あまりに忙しいから。備忘のためにあったことのみ記す。...</summary>
   <author>
      <name>uchida</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.tatsuru.com/">
      <![CDATA[<p>日記が更新されていないのは、あまりに忙しいから。備忘のためにあったことのみ記す。<br />
1月12日　三宅先生のところに寄ってから、授業が二つと朝日新聞の取材。対米関係の話。<br />
13日会議が一つ、取材が三つ（Japan Echo,週刊文春、中央公論）。<br />
文春はヤマちゃんの仕事で「わが家の履歴書」という「昔話」のシリーズ。中央公論は「政治不信」の話。井之上くんが御影まで取材に来てくれたので、家の炬燵でお茶をしながらインタビュー、それから三宮に出て、ひさしぶりのステーキハウスKOKUBUで國分さんの焼いた神戸牛を食べる。<br />
１４日　下川先生のところの稽古始め。夕方からIntroduction to Japanese Culture　の授業（英語で杖道）。体育館がめちゃ寒くて、冷蔵庫の中で稽古しているような気分。そのあと御影のペルシエで新潮社のみなさん（足立さん、三重さん、後藤さん、野木さん）と『日本辺境論』の打ち上げ。シャンペンをたくさん飲んで、いい気分となる。<br />
15日　ゼミが一つのあと、会議が三つ。翌日からのセンター入試のためのミーティング。やれやれ。<br />
１６　日　早起きして大学へ。これから二日間センター入試。入試業務と統括する立場なので、朝から晩まで大学にカンヅメ。なにもトラブルが起きませんようにと天に祈る。</p>]]>
      
   </content>
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