特定秘密保護法案について(その3)

2013-11-22 vendredi

特定秘密保護法案について、朝日新聞の取材があった。紙面に出るのは話したうちのごく一部になると思うので、これまで書いてきたこと以外のことについて話した部分を追記する。
これまでの話をおさらいしておく。
・特定秘密保護法案が秋になって突然出てきたのは、5月の「改憲の挫折」に対する「プランB」としてである。
・改憲による政体の根本的な改革が不可能になったので、それを二分割して「解釈改憲による集団的自衛権の行使=憲法九条の事実上の廃絶」と、「特定秘密保護法案によるメディアの威圧=憲法21条の事実上の廃絶」という改憲の「目玉」部分だけを取り出した。
・改憲は「東アジアの地政学的安定を脅かすリスクがある」せいで、アメリカも中国も韓国もステイクホルダーのすべてが否定的だったが、改憲を二分割した場合、「九条廃絶による米軍の軍事行動への加担」にはアメリカが反対せず、「21条廃絶による国内の反政府的言論の抑圧」には中国韓国が反対しない。つまり「一つの塊では『穴』を抜けられないが、二つに割ると抜けられる」ということに気づいた知恵者が官邸にいた。
・改憲による政体の根本的な改革のめざす方向は「日本のシンガポール化」であり、さらに言えば「国民国家の株式会社化」である。つまり、「経済発展」を唯一単独の国是とする国家体制への改組である。すべての社会システムは経済発展を利するか否かによってその適否を判定される。経済発展に利するところのない制度(おもに弱者救済のための諸制度)は廃絶される。
・取締役の選出を従業員が行ったり、役員会の合意事項に労働組合の承認が必要であったり、外部との水面下の交渉やさまざまな密約について逐一全社員に報告する会社は存在しない。株式会社は一握りの経営陣に権限も情報も集中する上意下達システムであることで効率的に機能するのであって、従業員の過半数の賛成がないと次の経営行動ができないような会社は存在しない。だから、「国家の株式会社化」とは端的にデモクラシーの廃絶を意味する。
・特定秘密保護法案は、安倍自民党と彼に与するグローバリストたちが画策している「国家の株式会社化」プロセスの一環である。
・それは別に彼らが「株式会社化された国家こそ理想の国家である」という牢固たる政治的確信を持っているからではなく、「その方が経済成長しやすい」というあまり根拠のない信憑に衝き動かされているからである。一言で言えば、この法案が国会を通過するということは、「デモクラシーか金か」という二者択一を前にしたとき、ためらわず「金」と回答する人々が日本のマジョリティを占めるようになったという現実を映し出しているのである。
以上はこれまでに書いてきたことである。
今日追加でお話したのは
・情報管理というのは法律で行うものではなく、「常識」で行うものである。イージス艦についての情報漏洩、尖閣での艦船の衝突映像の海保からの流出、公安テロ情報の流出など、この間問題になったのは、いずれも秘密漏洩によって国益を毀損しようとする明確な犯意に基づく事件ではなく、情報管理のフロントラインにいる公務員の「非常識」によって起きたものである。これほどデリケートな情報を管理するセクションに、これほど市民的成熟度の低い人員が配置されているということは、個人の問題ではなく、組織の「職員教育」の問題である。組織の問題である以上、秘密指定を拡大し、厳罰で臨んでも、「自分が何をしているのかよくわかっていない」非常識な公務員が制度的に生まれ続けるシステムを温存する限り、情報管理は永遠にできない。
・漏洩された情報についてマスメディアが報道を自粛するということは多いにありうるだろう。特にテレビは今後反政府的な情報の公開に対しては「それが周知されて、機密性を失うまで報道しない」という「へたれ」メディアになり、報道機関としての歴史的役割をこれによって終える可能性が高い(というか、もう終えているのかもしれないが)。
・その代わり、秘密情報にアクセスして、これを国益上周知させる必要があると判断した公務員は匿名で発信できるネットのサービス(ウィキリークスなど)を利用するようになるだろう。
・公安テロ情報の漏洩事件(結局犯人見つからず)や、PC遠隔操作事件(証拠が見つからないまま容疑者を長期拘留)における捜査当局のネットリテラシーの低さを勘案すると、発信者をトレースできないように構築されたサービスを経由した場合に捜査当局にこれを追究する能力があるとは思われない。
・今後ネット上での秘密漏洩の捜査能力を飛躍的向上させるためには大量の人員を配備する必要がある。だが、その場合に、捜査当局が「即戦力」としてリクルートするのは「エドワード・スノーデン君みたいなフリークス」の他にない。それはつまり「即戦力」即「リスクファクター」となることを意味している。彼ら特異な能力と、おそらくはそれにふさわしいだけ特異な国家観・世界観の持ち主たちを国家機密のフロントラインに大量に配列した場合、区々たる機密漏洩ではなく、システムそのものがクラッシュするリスクが発生する。
・そればかりではない。大量の「秘密漏洩トレーサー」を雇用するためには膨大な人件費支出が予想される。中国ではついに「治安維持費」が「国防費」を上回ったが、治安維持費の相当部分は一日中ディスプレイに貼り付いて、ネットに国家機密が漏洩していないか、反政府的なコメントが書き込まれていないかをチェックする数十万の「トレーサー」たちの人件費なのだそうである。日本の場合、誰がこのコストを負担するのか。国家予算の相当部分を投じてもたぶん「もぐらたたき」以上の効果をもたらさないこの作業はどの省庁が引き受けるのか。
これまでは「どういう流れの中でこの法案が出てきたのか」ということを書いてきたが、今日は法案が国会を通過した場合に、この先何が起きるかを予測してみた。
たぶん、政府は、この法律を実効的に運用しようとしたら、国家予算の相当部分を「覗き」行為に投じなければならなくなるということを想像していない。
悪知恵は働くが、根本的には頭の悪い人たちである。